一人っ子の×造は団地の同じ棟にいた。小さい頃、近くの公園には、いつも黒眼鏡の×造の「父ちゃん」が一緒で、顔が恐かったけど、俺も色々買ってもらったり、一緒に遊んで貰っていた。
4年生頃からからだろうか、その「父ちゃん」を見かけなくなり、×造の雰囲気も変わってしまった。
目つきが暗く、服装はだらしなく、顔や腕に小さい傷が増え、肌が黒くなった。
実はもともと母子家庭で、「父ちゃん」が蒸発した後、母親が夜の仕事に出るようになり、×造は夜遅くまで、中学生らとゲーセンに出入りしていたらしい。小学生のくせに金使いが荒かった、とも聞いた。
かくして×造は皆から敬遠され始め、×造も仲間に入って来なくなった。
それからしばらくして俺達、普通の小学生も、ゲーセンの大流行に感染した。
その頃のゲーセンは、どこも先客で満席、たいてい中学生以上の連中が、テーブルに小銭を積んで、人気ゲームを占有していた。
そのため俺達は、学校が終わると、とりあえず近所の駄菓子屋に走った。10円のインベーダーやその類いが置いてあったからだ。
但し、そういう店でも、新しいゲームは50円か100円だったから、たまに小金持ちの同級生が遊んでいれば背後に群がって、小便の時などに交代させて貰ったり、ゲームの電源をガチャガチャやって[残数99]とかにするインチキ中学生に媚びたりしていた。
もちろん俺達も、それを良しとしていた訳じゃない。日々、小銭集めには精進した。
夏場はカブトやクワガタを取って、街のペットショップで売り捌き、虫が取れなきゃ自宅や近所の1リットル瓶を片っ端から酒屋に持ち込んで換金した。
売り物が無ければ、近所中の自動販売機を練り歩き、祈りを捧げるように自販機の下を物色した。
酒屋の裏からケースごと空瓶を持ち出して、別の酒屋で換金するやつもいたし、車上荒らしで捕まったやつもいた。
そんな中での小学5年生の春休み、再び俺は×造と接触したのだった。
大型スーパーの屋上にあるゲームコーナーの帰り、俺が出口付近の自販機など物色していると、
「なーにやってるだかっ」と言って、床にしゃがんでいた俺の背後に×造がいた。×造はネックレスなどして、少し年長に見えた。でも立つと俺のほうが大きく、やっぱり調子づいた悪ガキにしか見えなかった。
「いいこん教えてやるから来おし」(いい事教えてやるから来なよ)
戸惑いながらも俺は、手招きする×造に従って、スーパーの駐車場周辺で「使えるレシート」を探し回った。
×造はしたり顔でゴミ箱を漁り、俺は自転車置き場をうろついた。
<T1デンチ2パック * 10 … … 合計\3,700>
と記載のあるレシートを見つけて×造に見せると「オオ、コレ!」と俺から奪い取り、ちょこまかと店内に消えた。
慌てて俺は、2回へ上がっていく×造の後を追った。
×造は、エスカレーターの向こう側の電気関連売り場で、例のレシートを確認しながら、単一乾電池2本パックを丹念に物色していた。
悪いことしてる!そう思った途端、俺は息が止まりそうで、×造に近づけなくなった。
目当ての乾電池を抱えた×造は、エスカレーターから1階へ降りていった。
身を隠していた俺は、わざわざ階段を使って×造を追った。
1階は夕方の買い物客で込み合う食品売り場で、×造は、ひしめく主婦達の間を縫って、一番手前のレジに辿り着いた。俺は隠れて、×造の動作を覗いていた。
レジを打つ店員に×造が何か話した。
店員は驚いたような顔をして、×造が抱えている電池の山を凝視した。
レジを待つ主婦達に会釈した店員は、×造から電池を受け取った。
すかさず×造が、かのレシートを店員の鼻先に差し出した。
レジを待つ主婦が何か言った。再び店員は、主婦達に会釈したが、×造はじっと店員を見ていた。
店員は、電池を置いてレシートを手に取り何か書き込んで、ハンコ?を押し、レジを打って現金と、新しいレシートを×造に手渡した。
×造は少し笑って踵を返し、店員はもう一度主婦達に詫びていた。
颯爽と外に出た×造を追って声をかけると、×造は、さも面倒くさそうに俺を一瞥し、目で人気のない方を指した。
俺は、なぜか気まずい思いで、自転車置き場の一番奥までついて行った。
×造は、俺の手に千円札をのせた。「うそ!」俺は思わぬ収穫に仰天、×造のネックレスが神々しく感じられた。
「明日Yマートでやるから来おし」
そう言って、母親が仕事に出る時間だからと、×造は自転車で走り去った。
それきり、ゲーセンに行っても、スーパーに行っても、×造と会うことはなかった。小学校でも、一度も見かけなかった。
×造は、あの春休み中に補導され、その件で母親と警察の間でもトラブルが起こり、×造だけ別の県の親戚に引き取られたらしかった。
「明日Yマートでやるから来おし」
…約束の当日、俺は恐くなって、家から一歩も出なかったのである。
作者・chitokuさんの自己紹介とプロフィール