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2007年05月27日

浮世絵と少年(2)

 便器のパイプの奥から極彩色の紙のかたまりが出てきた。修理業者がひとつひとつ拡げていくと、それは14枚あった。そのすべてが和紙に画かれた浮世絵春画だった。
 「見て下さい。これがパイプ詰まりの原因ですよ。いまどき珍しいですね」
 業者は何が起きているのかわかっていた。丹念に眺め、つぶやいた。
 「こんな立派な絵を見ながらオナニーしたら最高だよなぁ」
 百合子が春画を見ていると、なぜか春画の画面に恋人の顔が現れた。恋人は春画が好きで四十八手という手の込んだ性のテクニックがとても上手だった。今、ニューヨークで舞台芸術の修業をしている。懐かしんでいると、ふと恋人とリュウの顔が重なって見えた。二人は自分好みのタイプだと気づく。百合子は思わず笑ってしまった。

 百合子は理事長室でリュウの浮世絵のいきさつを話した。華子はそれを聞いてふっふっと含み笑いをした。
 笑った理由は百合子とは正反対だった。それは男性と浮世絵との深い因縁を知っているからこその微苦笑だった。
 華子は17年前。新婚旅行でシンガポールへ行った夜、夫の誠が華子を抱かなかった苦い経験がある。
 2日目の夜もバスルームに入ったまま夫がなかなか出てこない。不審に思った華子が見に行くと、中で浮世絵の春画を前にして、オナニーに必死になっている姿を見てしまった。
 夫は汗にまみれ、疲労困憊の様子で、華子を見て吃驚して言い訳を言った。
 「君のために何とかしようと頑張っているのだがね、なかなかうまくいかんのだよ」
 華子はこの時知ったことだが、夫は浮世絵春画のマニアだったのだ。医学生の頃、患者の回復力を高める方法として浮世絵を研究したとき、逆に虜になってしまったのだ。初夜に失敗し、2日目は今度こそと、春画の助けを借りようとしたのだった。往々、麻酔科の先生が麻薬中毒になると同じように、夫も職業上の罠に陥った男のひとりであったのだ。
 
 苦笑いをやめ、気を取りなおした華子は、医者の立場を取り戻し、ノートを取り出して予診を始めた。
 「男と浮世絵はよくある話よ、それよりもリュウは父親の死に際してどんな様子だったの」
 百合子は答えた。
 「あれだけ可愛がってくれた父親ですもの。ただでさえショックなのに、兄の最後が畳の上じゃなかったこともあって、リュウは相当こたえたと思うわ、ところが本人は意外に落ち着いていたの」
 百合子はその時のことを思い浮かべた。
 警察からの電話があったのは1月10日の未明であった。兄が中川運河に浮かんでいたという。引き揚げたが残念ながら溺死を確認した、検視が済んだ為すぐ名古屋港警察署へ来てほしいというものであった。
 百合子が駆けつけると死体安置所の中でひとり、兄の死骸に取りすがったリュウがいた。現れた百合子に気がつかない。気がついたのは百合子が遺体に触るなり、 「なんて冷たいの」と思わず大声を上げたときだった。リュウが近づいてきて声をかけた。
 「父はこの正月、肝臓がんで酒が飲めない筈なのに、無理をして大量の酒を飲んでいました。父は覚悟していたと思います」
 リュウは落ち着いて話しかけのだ。百合子の悲しみを和らげるかのように。百合子はリュウこそ一番悲しい筈、まして入試の勉強の大変な時なのにと、自分より相手を気遣うリュウの優しさに心を打たれ、一段と涙が湧いてきたことを覚えている。
 華子はそれを聞いて、
 「そうなの、落ち着いて優しいリュウだったのね」
 と予診ノートに記入し、書きながら訊ねてゆく。
 「その他、リュウの行動で気づいたことはない」
 百合子は親族会議の時、優しいリュウが意外にも抵抗したことを思い出した。
 百合子は親族会議のいきさつを語った。
 大垣の親戚がリュウを引き取ることを申し出た時、リュウは返事をしなかった。 見ると顔面が蒼白になっていた。百合子は見るに見かねて、友達との別れが辛いようだから、しばらく転校を見合わせましょうと、その場を取り繕った。百合子は後日、掃除の小母さんにリュウの状況を聞いて見た。葬儀のあと、リュウは学校へはきちんと通っているらしい。しかし掃除の小母さんの勘では、リュウは学校に好きな女生徒がいるらしい。
 華子はそれを聞いて不審に思った。
「好きな女生徒がいるのに、どうして不登校になったのかしら」




 作者・桜樹由紀夫さんの自己紹介とプロフィール
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2007年05月11日

妄想だけは電車の中ですくすく育つ 駆込み乗車 その3

 ご存知の様に美佐子さんは新婚六ヶ月だ。新妻だ。その日は、朝から誕生日の料理を作っていた。白いエプロンにミニスカートが良く似合っていて、すらりと伸びた足がとてもまぶしい。
 メイン料理は鶏の丸焼きだ。チャングムがテレビで作っていたもので、鳥のお腹に朝鮮人参やしいたけ、銀杏、香辛料といったものを詰め込んで、竈の土でまわりを固めて焼くと言う手の込んだ料理なのだ。レンガの様に固くなった周りをコンコンと軽く叩いて割ると、中から香ばしい匂いと共にうまみエキスたっぷりの鶏が現れるのだ。見た目も驚かすし、またその味が格別なのである。美佐子さんは特にこれを得意にしていて、世界中でチャングムの次に上手いと自負している料理だった。

 15:00のことである。美佐子さんの中に何かが走った。料理の手を止めて周りを見まわしたが特に何もなかった。電磁調理器の上では白い鍋の中でシチューがぐつぐつと煮えていた。でも、確かに何かを感じたのである。ちくりと心を挿されたようなその感覚は昔味わったものでもあった。心に穿たれた小さな穴がだんだん広がってゆく感じ・・・ 何だったかしら、キッチンの窓から外を見た。白い雲が西に流れてゆく。。
 そうだ、おばあちゃんが死んだ時がこうだった・・・「お母さん、おばあちゃんどうかしたの?」「そう、おばあちゃんね、足を滑らせて用水路にはまってそのまま流れちゃったの。何で知ってるの?美佐子は鋭いんだから」。ほんのさっきまで、暖かく抱いてくれていたおばあちゃんが、今は用水路をユラユラと流れている。流しに吸い込まれていく水の音がジャボジャボと妙に寂しく聞こえていた。
そうか・・・「あの人死んじゃったのね・・・」あの時と一緒。もう誰も私を抱いてくれないんだ。「一郎さん」 声にだして呼んでみるけど、誰も答えてくれない。
 美佐子さんは、竈の土で固めた鳥の固まりを二つに割るとラップに包んで冷蔵庫にしまった。
「一人になったんだから、こんなに沢山いらないんだわ。」
紅茶をカップに注ぐと、テーブルに座った。目の前に主のいない肘掛椅子が見えた、「ここには、もう誰も座らないのね・・・今日は誕生日だけど一人でご飯食べなくっちゃ。あ!ネッカチーフも、もう、もらえないんだ。」

紅茶のカップの縁を指でなぞる。なぞる。指がこすれてうっすらと血がにじんでいる。何かが一粒ほほを伝わっておちた。
「あれ?何で涙が出ているのかしら」美佐子さんは不思議そうにほほをぬぐった。そうなのです、彼らは人が死んだからと言って泣く人たちじゃなかったはずなんです・・・
もしかして、死んでないの?もしかして・・もう一度何かが全身を駆け巡った。
           4
 「あの人は死んでないんだわ!」美佐子さんは、腰まで汚水に浸かりながら処理場の中を走り回っていた。
 処理場とは市外を縦横に流れている水路が集まっている所で、流れ着いたものを文字通り処理する場所なのだ。一般のゴミや汚物なども流れて来るがやはり多いのは死体だ。まるままの人間、ジグソーパズルのピースのような肉片など形状は様々だがゆっくりと集まってきている。水路に投げ込まれた全てのものがここに集められ、腐ったり悪臭を放つ前に処理されているのである。

 処理場で、ある特殊な方法で製造された精製水は 扶養水と言う名前で上水道に混ぜられ、固形物は肥料として使用されている。彼らが死と言うものを「お茶漬け」の様にあっさりと受け入れているのは、彼らが毎日扶養水という死体を処理した水を飲んで、体の中に”死”が溶け込んでしまっているからじゃないかと言う人もいる。

 それにしても、ざぶざぶと腰まで汚水に使って肉片を押しのけては、洋一さんを探している美佐子さんの様子は彼らの常識から言えば尋常ではなかった。どうしたんだ美佐子さん?!
 「洋一さん、洋一さん」と叫びながら、肉片や汚物を取り除いていくと、その奥の方にまさにミキサーに挟まれようとしている、かすかに動いている物体を見つけた、もちろんそれは田中君だった。

 美佐子さんの働きで、田中君は九死に一生を得た。彼らは自分たちが死に対して無頓着なのを知っていただけに、美佐子さんのこの執着は大変な評判となり、「時間的に有限でない愛が生まれたのか」「無限の思いの存在証明」と大騒ぎになった。
 もっとも、田中君は生きていたのだから「死んだものには無頓着でも、生きたものには執着する心は誰でも持っており、その大きさが特に大きかっただけなのだ」と言う興ざめな有識者の意見も多く聞かれた。
 復帰した田中君は相変わらずギリギリに出勤して電車に飛び乗ることはしょっちゅうだ。ただ最近は五回に一回は次の電車を待っているようになっているらしい。

 ところで、病院のベットで意識が戻った田中君への美佐子さんの最初の言葉が「私のネッカチーフはどこ?」だったと言うことはさほど知られてはいない。

おしまい



 作者・なら よつねさんの自己紹介とプロフィール

2007年04月26日

少年少女 Got Short Dance

【4】[ドクタII -叫び、リミッター解除- ]
 痛みに堪えながら立ち上がると、財布が浮かんでいました。
「ドクタのでしょ、これ」
 履き込まれた黒いドクターマーチン10ホール、両膝を結ぶベルトが長く垂れている赤いチェックのボンデージパンツ、赤糸でThree Step To Heavenと刺繍された継ぎ接ぎデザインの白いガーゼシャツを着た赤毛君が、鼻血を流して呻く黄色の顔を踏みながら財布を振っています。
「ドクタ?そ、そう僕の、なんで赤毛君が…」
「八王寺でドクタが落としたんだよ、オレはフィフスね」
「あ、僕は泉野博士です」
 財布を受け取りながらお辞儀をすると背中や腰が痛みました。
「イズノヒロシ?イズミノタゴールハカセじゃないの?」
「ハカセじゃなくてヒロシです」
「そうなんだ」
「あの…もう、いいんじゃない?」
「そ?ドクタがいいなら」
 どうやら僕を本名で呼ぶ気は無いみたいです。僕が足下を指すとフィフスは黄色の顔から足を下ろしました。

「お前が早くヤラせねぇから面倒になってんじゃんよ」
「はぁ?なんで紗英のせいになってんの、意味わかんないんだけど」
 テーブルで灰色と綺麗な顔が言い争っています。あの二人は車の中でもヤル、ヤラない、と言っていました。
「ユーレイの友達潰したらヤラせるっつったろ」
「バカじゃんあんた、タケルが情けなくやられたのとどういう関係があるわけ?」
 言葉が終わらない内に灰色はサエを殴りました。サエは吃驚した顔のまま止まっています。
「調子こくなよ、もう遊びは終わりだ。あのガキ片付けたら姦ってやるからな」
 髪を掴まれ乱暴に頭を振られると、灰色をコントロールして余裕に満ちていた綺麗な顔に恐怖が放ろがっていきました。
「あら!見ました奥さん、あの人女の子を」
 戯けた口調で言ったフィフスの顔は全然笑っていません。
「ねぇ、オレ達帰るけどどうする?」
 フィフスがサエに手を振りました。
「ああ?!なめてっと殺すぞガキ」
 サエを蹴り倒した灰色がこちらを睨みます。胸を蹴られ呼吸困難になったサエは床に蹲り喘いでいます。
「聞いた?殺すぞって」
 振り返ったフィフスが恥ずかしそうに笑いました。
「来た、殴られるよフィフス」
「彼は主張をしているんだよドクタ」
「抵抗せずに被害を最小限に抑えた方が良いよ」
「それって自己中。コミュニケートは言語だけではないよドクタ、ボディコンタクトも有効な手段だ」
 笑ったフィフスは突然弾かれた様に僕の横を転がり抜けました。
「てめぇも寝てろインドジン」
 消えたフィフスの後に現れた足は、続けて僕を蹴りつけました。僕は無抵抗に後ろに倒れましたが、頭が床に着く前に止まりました。両手で頭を支えてくれているフィフスが僕を覗き込みます。
「受け身とらないとマジ死んじゃうよ。ハイっ、この人の意思に触れてドクタ」
 フィフスは僕を立たせ、僕の肘を持って顔の前に腕を置きました。
「ぶっ殺す!」
 完全にキレた灰色が攻撃を開始。めちゃくちゃな連打に込められたフィフスへの怒りを僕は必死でガードします。
 終わる気配のない打撃に段々腹が立ってきました。
 …僕はなぜ我慢してるんだ?
「もう、いい加減にしろよ!」
 左脇腹に激痛が走った直後、無意識に僕は叫んでいました。
 その瞬間、右肘を引かれ後退した僕にシンクロして前に出たフィフスの左手が、灰色の拳の内側を滑り上がり、素早い捌きで手首に絡みました。
「女の子とドクタの気持ち受け取ってチョ」
 ノーモーションでフィフスの右足が側頭部に回し入ると、衝撃に痺れた脳を残す様に膝から崩れた灰色が、白目を剥いて失神しました。
「もう殻に閉じ篭っちゃダメだよ」
 僕の手を取ったフィフスが頬をプクッと膨らまします。
「な、なるべく努力するよ」
 こんなに殴られたのは誰の所為だと思いながらも、何故か清々しい気分の僕は繋いだ手をしっかり握りました。

 フィフスに引かれて立ち上がると、車の陰から何かが転がって来ました。先端に火のついた長い紐が、紙テープをグルグルに巻いた小さな蹴鞠の様な玉から伸びています。
 ダイナマイト?!
 バタバタ走る音が聞こえ、太っちょが車の向こうのシャッターを上げて逃げていきました。
「あら、そういえばもう一人居たわね。奥さん伏せてらして」
 また真顔で戯けたフィフスは、ダッシュで拾った玉をオデッセイの跳ね上がった改造マフラーに突っ込んで、蹲っているサエに被さりました。
 直後、ボッと火の粉を散らしてマフラーから飛び出した火球が、割れた窓の向こうの空めざして斜めに駆けあがり、陽の落ちた夏空に金色の花を開きました。

「観た二人とも?」
 尾を引いて落ちる火が完全に消えて煙が風に流れて行くのを見つめていたフィフスは、興奮気味にそう言うとポケットから携帯を出しました。
「ハロウ、キョウちゃん今何処?…花火見えた?オレ様だよん…凄いでしょ!そだ、ドクタ紹介するよ…さっき出逢った…野音?…わかった、スィーユー」
 携帯を切ったフィフスが嬉しそうに叫びます。
「速攻で野音に行くよドクタ!」



 作者・和倉さんの自己紹介とプロフィール
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2007年04月11日

浮世絵と少年(1)

 中部国際空港の近く、海岸に沿って南国風のエキゾチックな建物があった。看板は「医療法人愛仁会 千鳥ホーム」とあり、老人ホームであった。
その屋上で、理事長の華子が海を眺めて佇んでいた。華子は精神神経科の専門医だが実際の診療はタッチしていない。

 千鳥ホーム内に診療所はなく、応急の時は母校の後輩が嘱託医として対処していた。夫の誠も徳川時代から御典医の家系で、親から引き継いだ医院を開業している。しかし華子とは別居の状態だった。夫は老人ホームの経営に興味がなく、千鳥ホームの運営は名実ともに華子に任せていた。若い美人の理事長華子は人気を呼び、今や入居希望者は順番待ちという盛況ぶりで、他の老人ホームの経営者達から羨やましがられる存在となっていた。

 華子は海を見て、いつものように新聞相談室の回答の想を練っていたのだ。東海地方のT新聞社の毎週土曜日の読者相談では、華子の愛と性に関する相談は、ずばりと回答して「小気味良い」と言われていたのだ。
 華子は携帯電話が鳴ったので見る。それは友人の百合子からの予期せぬ電話で、それも今、玄関に来ているという。
 百合子は高校時代からの友人で、名古屋在住の劇団の女優である。かつては大変な人気女優だった。今、劇団の幹部をしている。

 それにしても約束もなしに訪れるとは珍しい。何かあると思った華子は急いで玄関に行く。玄関には一台の洒落た白い車が止まっていて、大きな黒い帽子をかぶった百合子が立っていた。百合子らしい奇抜な帽子だ。
 百合子は華子を見て、いつもの甘えたような声で話しかける。
 「華子、突然で悪いわ。朝からこの近くのデザイナーの別荘で打ち合わせがあって、今終わって帰り道なの。ここまで来たら顔を見せなきゃ悪いものね」
 と言う。相変わらずの調子の良さに華子は
 「ちょうど居て、良かったわ」
 と、苦笑しながら百合子の顔を見た。
 百合子は華子と同じ年だから43歳になる。しかし、ふたりとも30台後半と見られていた。ところが今日の百合子はなんとなく冴えない。華子は何か心配事があるのではないかと思い、人が集まるロビーではなく、自分の部屋、つまり理事長室に百合子を案内した。

 百合子は、饒舌で有名である。今日も部屋に入るなり、椅子に座る間も惜しんで立ち話となる。暫く会わなかった為か、次々と話題が出て賑やかなやりとりとなった。
 秘書がコーヒーを運んできて二人はソファーに座った。コーヒーを一口すすった華子が、百合子に何気なく聞いた。
 「ところで、リュウはどうしている?」
 その言葉に、百合子は顔を曇らせた。
 「華子、聞いてくれる。私、リュウのことで相談があるの」
 華子は、百合子の訪問の目的がやっと分ってきた。しかしさりげなく、改めて年を聞く。
 「彼は今年、確か17歳だったわね」
 「そう17歳なの。それがね、急に高校へいかなくなったのよ」

 リュウは百合子が産んだ子である。しかし独身女優という看板の手前、人には言えない事情のため、自分の子として公表できなかった。
 そのため実の兄である元宮泰一の子供として育てられていた。元宮泰一は住宅会社の営業社員だったが、入籍の相談には快く応じてくれた。それは養育費の代わりとして百合子が老後のために建てた、女子学生専用アパートの管理人の仕事を与えられたからである。
 しかし、収入が増えて仕事も前に比べ、はるかに楽になると、泰一の心の中には次第に怠け心がはびこっていった。いつしか朝から酒を飲むようになり、時々管理室で泥酔する始末となる。
 泰一の妻は、酒浸りの夫の姿に愛想をつかし去って行った。それからリュウと二人暮らしを続けた泰一も、昨年、肝臓がンで死亡した。この泰一のいきさつについては、おおよそ華子は聞いていた。
 リュウは、泰一が亡くなって一人で生活していた。アパートの管理の仕事は業者にまかせることにした。
 百合子は時々リュウの部屋を訪れ、叔母ということで甥の独身生活を見守っていたが、葬儀から半年ぐらい経った頃から、リュウは百合子を避けるようになった。 百合子が話かけても返事をしなくなり、なんとなくよそよそしい態度となる。
 そんな時、トイレが詰まり修理を依頼した際、その業者が詰まった物を見て驚いた。



 作者・桜樹由紀夫さんのプロフィール
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2007年02月17日

世紀末の女王(マザー) 第五話

 足を踏み込むたびに石くれは動き、砂岩質の石が砕ける。足に蹴られた砂利が体と共に斜面を落ちて行く。強靭な細い脚は、そんな中でも上体をしっかり支え、力強く移動を続ける。
クソッ≠、めき声が思わず、山田博之の口から出る。
祖父を諦められぬ気持ちが博之を発射台に向かわせ、式典会場に忍び込ませた。既に参列者は去り、閑散とした中で、焼け落ちた家の片付けがされていた。博之は気づかれぬように近づいていった。「ちょろいもんだ、遺品の出来上がり」、作業の者が発した言葉、焼けた灰へ骨片と祖父の認識票を投げ落とし混ぜていた所作が、博之の心にわだかまっていた違和感に明確な形を与えた。
全部嘘じゃないか#飼Vは、ほの暗い大洞穴に向かい斜面を駆け下りて行く。
 
 斜面を下り終え息を整える。湿った空気が幾分か喉を潤す。苔があちらこちらに群生し、それらは蛍光を発し薄明の世界が広がっていた。そんな世界を切り裂くように数箇所の裂け目から薄日が差し込んで来る。ここは自然に出来た大洞穴であった。幅数百m、奥行き数kmの大きさがあり、さらに八方に細い洞穴が広がっていたが、全体的に砂岩質が多く、地盤の脆さから開発は断念されていた。科学者はこの地に苔やキノコの菌糸を蒔き、幾種類かの昆虫と動物を放っていた。放牧した動物を誘引源で引き寄せ、集まった動物を捕まえる仕事で博之はこの地を訪れていた。

 『じいちゃん』祖父の顔が浮ぶ。
博之が社会に対する疑念を口にだすと祖父は悲しい顔をした。
俺らは罪を償わなきゃ、ならんのさ。地上で散々悪事をしてた報いだ。それをマザーは救ってくれた。どんなに酷くても、マザーに着いて行くしか道はねえ
祖父は博之の頬を撫でた。
『じいちゃん、騙されていたんだよ。あいつ達、俺らを笑っていたよ』
博之は祖父の行方を問い詰めようと、その作業員が一人になるの待ったが、途中で発見され、逃走して来たのだ。
「きっと、爺ちゃんを助け出すんだ」改めて心に誓い、博之は歩き始めた。
もう少し行くと湧き水あり、喉を潤すことが出来る。この一帯には土地勘があった。博之の足音に驚いたのか小動物が岩陰に逃げ込む。博之は念のため周囲を見回し物音を探る。
『大丈夫だ』 まだ、追手の足音は聞こえなかった。
 
 地面にころがっている大石を、博之は巧みに避けながら走ってゆく。水音が聞こえ、足が速まる。前方には丁度、差し込んだ薄日が湧き水を柔らかに照らし出していた。近寄って見ると湧き水は白銀のように輝き、波紋を広げていた。博之は喉の渇きも忘れ、それをしばし眺める。波紋は向こう側で溢れ、音を立て細い水路となって流れいく。
その水音に別の音が重なる。顔を上げると遠方から小型飛行船が近づいて来る。博之は身を伏せると岩陰に後退する。上部の対落石プレートが薄日を反射させ飛行船は行き過ぎる。
『医療軍め』 船腹には医療軍の赤十字が大きく描かれていた。
飛行船は去り、博之は湧き水の中に乱暴に両手を入れ、水をむさぼり飲む。
記憶が蘇り、顔を上げる。
『鍾乳洞だ、しばらく中に隠れていれば追手も諦めるかもしれない』鍾乳洞はすぐ近くにあった。偶然、博之が発見したが、医療軍には知られていない可能性があった。
 
 鍾乳洞への割れ目に体を潜り込ませると、ひんやりとした冷気が体を包んだ。傍らには水が流れている。立ち上がって暗闇の中を上流へ進む。虫化された目にはぼんやりと視界が開ける。遠くの水音が重なりながら聞こえている。博之はゆっくり歩を進めた。二手に分かれた洞穴を前にして博之は腰を下ろした。右側の洞穴から水が流れて二手に分かれ、一方が左側の洞穴へ流れていた。

 なにげなく掬った水の冷たさが、辛い記憶を蘇らせた。
『あさみ…』 
冷たくなってしまった頬、掌、強く抱きしめると壊れそうな頼りなさに、溢れる感情を声に乗せ、ただ泣くしかなかった。恋人の突然死、それは虫化人間の社会では百人に二人の割合で生じていた。司祭たちは神の招きとして祝福し、来世は人として生まれてくるからと博之を慰めたが、実際は、人に虫の遺伝子を組み込んだ為の弊害であったことを博之は知らない。

 暗闇はまた一つ過去の記憶を浮び上げた。
大好きだった叔父の突然死、それは恋人が亡くなってから一月も経たずに起きた。工事中に突然倒れ、家に運ばれて来た。ヘルメットを被った煤けた顔が、表情をなくし博之に向けられたいた。叔父の妻や子たちが泣きながら遺体にすがっていたのを、立ち尽くし博之は見ていた。大切な人の死の重なりが社会への違和感を生み、それ以来、博之は違う目で社会を見るようになった。
掌から水が流れ落ちる。
そして遅れてやって来た悲しみが、身を突き刺し、博之は背をかがめ両足を抱いた。



 作者・マグナジオさんの自己紹介とプロフィール
posted by 村松恒平 at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 世紀末の女王(マザー) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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