2006年10月05日

ジブラルタルの霧 1

野村直樹はヨーロッパの南端までやってきた。イギリス式の赤い2階建てのバスを降りると、海峡をはさんでアフリカ大陸が見られるはずだった。しかし辺り一面、霧がかかっていて、アフリカ大陸どころか50m先にある灯台がやっと見られるだけだった。野村はそのジブラルダル海峡にかかった霧が、自分の心にもかかっているような気がした。

野村の頭の中は順子の事でいっぱいだった。自分に愛想を尽かして先に帰国してしまった順子。会社をやめて、ほとんど引きこもり状態だった野村には彼女が全てだった。

大学を出て就職した証券会社の社長は、まだ40代と若くやり手だった。口癖が「働かざるもの食うべからず」。多少、誇張しても良いから客に株を売ってこいと厳しく言われた。その社長に従う社員間の競争意識、仕事の事しか話さない先輩との飲み会、5分遅刻しただけでも怒鳴られる会社生活。元々、人とコミュニケーションがうまくなかった野村は、1年も勤めないうちに参ってしまった。次第に会社をさぼったり、休むようになり、しまいには会社をクビになった。

親元から通っていた野村に、両親は毎日のように再就職して働くことを促した。しかし野村は就職している間に憶えた株の知識を使って、インターネットで株の売買をしだした。野村はそれで多少の収入を得られたので、会社に属して働く意欲は全くなかった。なぜやりたくない事を我慢してまで、働かなければいけないのか分からなかった。

 ただ実家には居づらくなり、1人暮らしをはじめた順子の家に入り浸った。順子も同じ年に大学を出て就職した。大手のマスコミの仕事は忙しく不規則だったので、野村が彼女の家で料理や家事をしてくれることを喜んでくれた。また仕事に疲れて帰って来て、優しい野村が仕事の愚痴や自分の話を聞いてくれるのも嬉しかった。個人が株で儲けたなんて話もニュースなどで聞いていたし、野村のような生き方も今の時代にあった生き方だと思っていたのだろう。

しかし、実際は、野村はそれほど株で儲けられなかった。それにあまり金銭欲がない彼は、生活費くらい儲けると、その月は株の売買をやめてしまった。好きなサッカーを衛星放送で見たり、ネット・サーフィンをして1日を過ごした。そのうち小説を書きはじめ「小説家になるんだ」と夢のようなことを言いだした。そうやってほとんど1日中家に居ることが多くなっていった。

 そんな状態が1年近く続くと、順子の気持ちも変わって来た。1日中、テレビの前に寝そべっている野村と、会社でバリバリと仕事をしている男性を比べてしまい、段々と不満を募らせて行った。

野村も順子が自分にあきれ、2人の関係が悪くなって来ているのを感じていた。だからワールドカップのチケットがネットの抽選であたった時は、すかさず順子を誘った。順子も日本代表だけは好きで応援していたからだ。

 野村にとっては初めての海外旅行だったので、とても楽しみにしていた。しかし順子と見に行った日本代表の試合は、残り10分で逆転されるという、ひどい負け方をした。その為、翌日はビールの飲み過ぎで頭が痛く、イライラして順子と喧嘩をしてしまった。

彼女も日本で引きこもっている野村に対して、溜まっているモノがあったのだろう。野村のふがいなさや頼りなさ、そして自覚や責任感のなさを思いきり指摘された。確かに今回の旅行でも、英語が堪能で行動力のある彼女が何かとやってくれ、野村は全く頼りにならなかった。日本ではあいまいな事も海外に出るとはっきりとした。

順子が言った最後の言葉が今でも聞こえてくるようだった。「ねぇ、将来どうするつもりなの?ちゃんとした仕事もしないで、結婚とかどういう風に考えてるの?私、嫌だからね、貧乏するの。ちゃんと子供を産んで人並みの生活がしたいんだから」
「なんだ、結局、金かよ。いったい幾ら必要なんだ」野村はその時、そう言い捨て、ベルリンのホテルを後にした。順子と別れて南スペインからモロッコへ1人旅をするつもりだった。
別れたときは、世の中にはもっと若くて可愛い女の子がたくさんいる。まして世界中だぞ!とあっさり「いいよ、お前の好きにしな」と思っていた。しかしいざ1人で旅をすると、気心の知れたパートナーの居たありがたさを何度も感じた。それは荷物をちょっと置いて道を聞いたり、切符を買いに行ったりするときだった。特に英語が上手くて人と話をするのが好きな順子がいなくなると、言葉の壁もあって、野村が人と話をする機会がほとんどなくなった。その孤独を楽しんでいたうちは良かったが、1週間もすると寂しくなってきた。
後悔して何度も順子に謝りのメールを送ったが、「ベルリンで私に対して言った事を憶えていますか?自分が言った事に責任を持ってください。私は頑張っている人が好きです。」と素っ気ない返事が1度、来たきりだった。
 ヨーロッパ・ポイントと呼ばれるその場所で、まるで夢遊病者のようにあっちへ行ったりこっちへ来たりしながら、野村はそんな過去の事ばかり考えていた。折角、ヨーロッパの南端まで観光に来たのに、目の前に広がる景色も全く心に留まらなかった。 
 自分をふった順子を憎らしいと思ったすぐ後に、彼女との楽しかった日々を思い出して座り込んでしまった。今になって考えると、どうしてベルリンであんな事を言ってしまったのだろう?熱くならずに彼女の話をよく聞いて、とりあえず謝っておけば良かった。2人の将来の事を考えて、もっと株を真剣にやるべきだった。小説家になるつもりなら、もっと必死に毎日でも書くべきだった。こんな後悔ばかりが頭に浮かんで離れなかった。

過去はどんなに後悔しても変えられない。そう分かっていても、悔いは執拗なくらい野村の頭を支配していた。

 気がついたときはバスが行ってしまった。市バスの終点であるヨーロッパ・ポイントは、乗って来たバスが30分ほどで折り返す。その出発に気がつかなかった。次のバスが来る気配はない。しばらく耳を澄ましてエンジン音を待ったが、聞こえてくるのは波の音と時たまに吹く風の音だけだった。

どのくらい待っただろう。野村は道路の先にそびえ立つ山を呆然と見ていた。すると背後から突然、声をかけられた。
「あれがなんだか知ってるか?」アクセントの強い英語だった。振り向くと白人の男性が、真面目な顔で野村が見ていた山を指差していた。若くはないが中年というには、まだ早い年頃だろう。白いシャツのボタンを胸まで開けて、金髪の胸毛を覗かせている。いつからそこに立っていたのだろう?
「えっ、ただの山じゃないの?」
野村も英語で答えた。
すると彼は「いや、山じゃない。あれは The Rock と言う1つの大きな岩なんだ」

あんな大きな岩がある訳ないじゃないか。どう見たって高さは400メートル近くある。そびえ立っているのだ。現に頂上は雲で隠れている。それにその白っぽい岩肌には樹が何本もはえているし、断崖絶壁といえるほど急な傾斜にもなっている。だいたいジブラルダルの街自体、あの山の周りを囲んであるくらいだ。実際にバスに乗って端から端まで来たが、ゆうに30分はかかった。それくらい大きいのに、岩だなんて。

 野村はそう言い返そうとしたが、英語でどう言っていいか分からなかった。考えているうちに、彼が一気に話をしだした。早口の英語だったので、野村はほとんど聞き取れなかった。ただ「シャンバラ」という単語が何度も出て来たのに気がついた。その名前はどこかで聞いた事のあるような気がして聞き返した。
「シャンバラ?」
野村がそう言うと、彼は目を拡げ、何度もうなずいて反応した。
その後の彼の説明を聞いて野村が分かったのは、シャンバラというのは地下帝国だということ。そして野村が見ていた大岩が、どうやらシャンバラと関係しているらしかった。
 彼はバスが来るまで何度もその話をしてくれたが、野村があまり話を理解できないのが分かると、大岩まで一緒に行こうと言い出した。



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posted by 村松恒平 at 02:14| Comment(0) | TrackBack(0) | ジブラルタルの霧 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月04日

ジブラルタルの霧 2

 やっと来たバスの中で、野村は彼と並んで一番前の席に座った。フロントガラスから見えるジブラルダルの景色が気になった。しかし彼が野村の目を見て真剣な表情で話しかけてくる。こちらもまじめに話を聞かないわけにはいかない。良い英語の勉強にもなると思って、野村は彼の英語に集中して耳をかたむけた。
 彼の名前はデイビットと言った。彼の青みがかかったグレイの瞳は、飛行機から見た地中海のようだった。
 野村が1度「PLEASE SPEAK SLOWLY(もっとゆっくり喋ってください)」と言った後は、多少、ゆっくり話してくれたので、野村も話が見えて来た。デイビットが言っている事は、たぶんこんな内容だ。

 地球の地下にはシャンバラと言う地下帝国があり、そこには地上の世界が世紀末を迎えた時に、選ばれた人だけがいけるらしい。彼の推測では、地球環境は21世紀中に取り返しのつかない事になり、砂漠化と大洪水で多くの人が死ぬ。現在世界を支配している大金持ち達は、それを知っていて宇宙に逃げようとしている。だからアメリカは国をあげて火星を探索しているらしい。その為にイラクやアフガニスタンに戦争を仕掛け、武器を売ってお金を作っている。

 デイビットが一気に話し「Do you understand?」と確かめるように野村の顔をのぞいた。野村が申し訳なさそうな顔をして、親指と人差し指を少し離して「リトル」と答えると、デイビットは何度も何度も話を繰り返した。そのおかげで野村は大体のストーリーを自分の頭の中で構築できた。最初は、宇宙だとか火星だとか、なんか突拍子もない話に思えたが、何度もデイビットの同じ話を繰り返し聞くうちに、自分も選ばれるのかどうか、知りたくなっていた。

 彼は真面目な顔で「これは秘密だぞ、絶対、誰にも言うな」と前置きしてから話を続けた。野村はデイビットの真剣なまなざしから目をそらす事も出来ず、蛇ににらまれたカエルのように、ビクビクしながら頷き、音を立てて唾をのみ込んだ。
「世界はフリーメーソンという秘密結社によって動かされている。我々庶民は彼らの思うように動かされていて、彼らが起こす戦争というゲームにかり出される、ただの駒なんだ。
 我々はそんなことも気付かずに、お金の為に身を粉にして働いている。そうなると自然と忙しくなり、世の中の矛盾やフリーメーソンの存在などについて考える時間がない。結局、目先の欲しか考えられないでいるのさ。これじゃフリーメーソンの思うつぼだ」

デイビットの言葉には野村を納得させる節があった。彼が言うように日本人は忙しすぎだし、お金の為に働いていて本当に幸せなのか?と思う。
野村はその同意を示すように、「YES,YES」と声を出し、何度も大きく頷いた。デイビットはそんな野村を見て、嬉しそうに微笑んだ。

「僕らはもっと基本的な事を考える事が必要なんだ。どうやってお金を生み出すかばかりを考えるのではなく、世の中の仕組みや常識となっている当たり前の事を疑い、どうしてそうなのだろう?と考えなくてはならない。例えば、国という枠組み、考え方はいったい、いつ誰が決めたのだろう?とかね。でもそんなことはちょっとやそっとじゃ分からない。答えを出す為には時間が必要だろう。つまり暇を持て余すくらいの時間がないと、そういうことは考えられないのさ。だいたい現代の人々は忙しすぎるよ。これもフリーメーソンに巧く操られているに過ぎないんだな。それに現代人はテレビやマスコミに洗脳されてしまっている。そう思わないか?」

 そう聞かれても野村には話が見えてなかった。答えに詰まっていると、デイビットは、かまわず話を続けた。
「だいたいこれだけ地球上の人口が増えると、すべての人を救出するわけにはいかないんだ。自分で考え、世の中の不条理に対して何がしかの行動を起こした人だけが救われることになる。だから僕はシャンバラへの入り口を探しているんだ。宇宙に行けない我々は、シャンバラを探して生き延びるしかないじゃないか」デイビットは真剣なまなざしで訴えた。
 野村はデイビットが言う難しい話はよく分からなかったし、単語の意味も分からないものがたくさんあったが、聞いているうちに質問が湧いて来た。

「どうやってシャンバラに行くんだ?」
野村がそう訪ねると、「シャンバラへの入り口は地球上に8カ所ある。ジブラルダルの他には、カイラス山やトルコのカッパトギアがそうだ」と教えてくれた。
「お前もこれから行くCAVE(洞窟)を見たら、ここがシャンバラへの入り口だと分かるだろう」
デイビットはそう言った後、バスが大岩の麓につくまで、窓の外を見たまま、口を開かなかった。
 野村は窓の外で流れるジブラルタルの街の景色を見ながら、デイビットが話したシャンバラという世界に、次第に興味がわいて来ていた。岩山が見えはじめ近づいてくると、不思議と胸の高鳴りを感じた。

 野村はバスを降りて岩山を麓から見あげた。でかい。ヨーロッパ・ポイントから見た時と角度が違うのか、思っていたより斜面が緩やかだ。白っぽい山肌には縦に割れ目が入っているのが見える。土で出来た山というより、やはり1つの岩山だ。こんなでかい岩があるなんて、、、そう考えると、それだけで神秘的に思えてくる。あの白い表面は石灰岩なのだろうか。まるで苔のように背の低い樹がその白い岩肌の所々にはえている。
 そうやって見れば見るほど、こんな半島の先端に、それもヨーロッパの南端に、これ程、大きい岩があるなんて、不思議な感じがしてならなかった。よくよく考えてみれば、山だってあり得ない。自然にしては出来すぎてる。というか、デイビットのシャンバラ話を聞いた後だったせいもあるが、野村には人工物のような気もして来た。そう思うと背筋がシャキっと伸びて、なんかワクワクしてきた。

 流れていく霧の中にうっすらと見える頂上。白い建物がぼんやりと建っている。あそこまでどのくらいあるだろう?高さは500mくらいか?
 歩き出したデイビットを見て、野村は頂上まで歩いて登るのかと怖じ気づいた。道はあるのだろうか?もし道なき斜面を登って行ったら、2〜3時間はかかるだろう。

 だがデイビットの後を着いていくと、岩陰にケーブルカーがあった。16ポンド(3200円)も払いケーブルカーに乗りこむと、我々の後から何人もの人が乗って来た。皆、観光客らしい。家族連れだ。8人乗りのケーブルカーは、すぐ満員になって動き出した。
 登って行くケーブルカーから見る景色に、野村は目を奪われた。ダイナミックな風景がどんどん広がって行き、海も見えて来た。野村の気持ちもどんどん高まっていった。

 他の客は頂上まで行く様子だったが、野村とデイビットは山の中腹で降りた。デイビットについて緩やかなコンクリートの上り坂を歩いて行く。10分ほどで土産屋をかねたレストランがあった。その横には「CAVE」と書かれた矢印がある。どうやらここがシャンバラへの入口らしい。野村は早足で歩いたせいもあるのかドキドキしていた。デイビットは早足で先に行ってしまったが、野村は立ち止まって深呼吸をした。「シャンバラかぁ」
デイビットからあれだけ話を聞かされたせいか、どんな所なのだろうという好奇心と、神秘の名所を訪れることができるワクワク感。野村は唾を飲み込んでから、麓で買ったチケットを見せて中に入っていった。

洞窟の中は、ひんやりとした空気のせいか、武者震いのせいか、背中がゾクゾクッとした。中には照明が所々についているが、全体的に薄暗く、地中の水が漏れてくるのか足元は濡れていた。
オレンジ色の照明がどこか神秘的で、野村は口を開けたまま、周りを見回していた。
「いやぁ、でかいなぁ」野村は立ちつくしたまま、そうつぶやいた。



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posted by 村松恒平 at 00:43| Comment(1) | TrackBack(0) | ジブラルタルの霧 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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