2006年08月04日

妄想竹は電車の中ですくすく育つ <ゆりこさんと雄一さん>

 その朝はいつもよりも混んでいて、人の波に押された私に残された席は優先席しかありませんでした。そこで仕方なく優先席に座って、会社に着くまでひと時の至福の時を過ごそうとしていました。もし年寄りが乗ってきたとしても混雑にもまれて腰が伸びるので、この時間帯はむしろ立っていた方が好いと思います。

 しばらくうとうとしてから(今考えると)うかつにも目を一寸明けて周りの様子を見てしまいました。すると妊婦のゆりこさん(仮称)がふらふらこっちの方に歩いて来るのが見えました。空いている席を求めて車両を端から端まで歩き回って身も心もくたびれて戻ってきた様です。ゆりこさんはご主人の雄一さん(仮称)のところに行って うるうるした目を投げかけながら「あーん すわれなかったのぉぉ」など 甘えた声で報告をしているようです。幸運だったのは、私は優先席右端に座っていたので左側の二人とは一寸離れていたことでした。

 この雄一さんゆりこさん夫婦はいつも私と同じ電車に乗っているのですが、共稼ぎなのでしょう、仲良く座って、(いつまで続くか見物ですけど)手を握って新宿まで通勤しています。職場結婚だと思うのですが、恋愛中は職場の目を気にして,あまりいちゃいちゃできずに、せいぜい同じエレベータで二人っきりになったときにこっそりキスしたくらいです。(それを二人はシンドラーエレベータに乗るよりドキドキするねと笑うのですからいい気なものです)そのため結婚したら思いっきりいちゃいちゃしています。ゆりこさんは妊娠8ヶ月くらいでしょうか。

 以前は、私と同じように10分前から並んで確実に座っていたのですが、どうも最近、雄一さんとゆりこさんは朝が遅くなって発車ギリギリになってようやくホームに現れます。
 きっと、焼きたてのトーストを前に、ゆりこさんの大きくなったおなかに雄一さんが手をあてて 「動いてぅ パパデチゥー パパデチゥーヨー ワカルカニャー」などと 電車の中ではできない、あんなことこんなことをして遅れているに違いありません。
「パパ 私のお腹大きくなって嫌いになったぁ。」 女は決まった答えしか言えない問いを発するそうです。
「ウーンバカだなぁ、そんなこと無いよ。」    
 男は心にも無いことを言える動物だそうです。
「あのね、私妊娠していい事があったのよ。」
「なんでシュかぁ。」
「子供の頃からおへそに詰まっていた脱脂綿が全部きれいに取れちゃったの。」
 開いた口がふさがりません。こんなことを話していて、家を出るのが遅れて座れないのですよ!
 ですから余計なお世話と思っても「おなかの子供のことを考えたらそんなことしている時間ないでしょ。」と、お姑さんみたいに言いたくなります。

 二人は恨めしそうに我々を見ています。ゆりこさんは少し肩で息をしながら雄一さんに寄りかかっています。顔がだんだん青ざめてきています。このままでは出産は必至です。
 ガタンとゆれた瞬間に、アーィーと言う甲高い悲鳴と共にゆりこさんはしゃがみこんでしまいます。その足元からは血なんだかなんだか判らないものがドゥドゥ渦を巻きながらあふれ出ています。それはあっという間に車中に溢れ、あろうことか私までも巻き込んで鳴門の渦のようにぐるぐる引き込んでゆきます。
 助けてと叫ぼうとしても血が口の中に流れて苦しいのなんのって!生まれたばかりの赤ちゃんが、ぷかぷか浮かんで私の頭をポコポコ叩いては笑っています。小さな手が私の頭をぐいぐい押さえつけます。もうだめだ死んじゃう!と思ったところで目が覚めました。S宿駅に着いたようです。知らないうちにすっかり寝てしまったようです。
 と言うわけで、寝てしまったので残念ながらゆりこさんに席を譲ってあげる事はできませんでした。これに懲りたら、明日からは早く並ぶことでしょう。



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2006年09月29日

妄想だけは電車の中ですくすく育つ <駆込み乗車>

 電車のドアの端、座席とドアの交差するところを私は「角部屋」と呼んで座れない場合はそこに立つことにしている、ところが発車ベルが鳴ってから目の前に駆け込む人が多くてとても気になる。ギリギリで飛び込むサラリーマン、ドアにはさまれるおばさん、指先だけ差し入れてグイグイ力まかせにこじ開ける若者・・・。
 入った後には必ず「駆け込み乗車は大変危険ですのでお止めください」とアナウンスがあるのだが、たいていはあたりをきょろきょろして自分ではないと言うようなそぶりをする。その鉄面皮な様子を見るたびに私はムラムラと怒りがわいてきて、なんとかしなくてはいけないと考えるのだった。
 そしていろいろ考えた末に、ドアの両側に鋭利な刃物を取り付けるというアイデアが沸いて来た。そうすれば駆け込み乗車は命がけになって「駆け込み防止」は徹底されるに違いない。

 その場合に困ることは、なんと言っても、(多少の血しぶきは我慢できたとしても)切り離された頭がごろごろ車両の中を転がってゆっくり眠むることができないことである。ジュースの空缶が転がる音だって嫌なのだから、目をむき出した頭が車両の中を動いていては全然落ち着けないと思うのである。
 そう考えると、それを避けるため方策としてドアの下部に猫が出入りするような小さな戸をつけて、近くの人が蹴飛ばして車外へ出すのが良いアイデアだと思う。
 駆け込み乗車の時間帯にはたいてい誰か立っているのでその人がポーンと蹴りだすのである。ホームにも頭と右上半身を切り取られた残りがぴくぴく蠕動しながら残っているので、それはホームにいる人が線路に蹴り出す事で解決する。ただそうすると線路の中には結構な量の肉片が投げ込まれることになるので、線路の端にはそういった汚物が流れてゆく水路が必要になるだろう。

 いや、待てよ。これだけの施設を充実させたとしても、どろどろの血がべっとりワイシャツに付いて洗濯しても取れなかったり、夏場に嫌な匂いが充満するとなると、ドアに刃物をつけることへの賛同はなかなか得られないかもしれない。
 その解決にもかなり悩んだのだが、血 そのものの性質を変える必要がありそうだ。つまり今の我々の血とは違って、消毒用アルコールみたいに揮発性が高くて、体や服にかかってもあまり影響のない代物にするのだ。これだったら、吹き出す血が服にかかったとしてもさほど気にならないだろう。いやほんのりシトラスの香りなどがするようにすると、むしろ人気が出るのではないだろうか。

 と、ここまで考えてきたら大切なことが抜けていることに気づいた。それは死んだ人を思う気持ちの問題だ。我々でも、おそらく3人に2人までは身内の人間が亡くなったら大きく悲しむに違いない。そんな人たちが大挙して駅のホームに押しかけてきてワンワン泣いてたりすると、これはこれでちょっと五月蝿くてやりきれない。下手をすると今までせっかく考えてきたことが無駄になりかねない事態だ。
 うーんどうしたものだろう、解決策をいろいろ考えてみたのだが、これが難しい。お腹いっぱいご飯を食べても思いつかず、結局のところ我々と考え方が違うとする他ないようだ。
 我々は普通”死”を大きな変節点としてとらえている。死んだ人にも生きていた頃と同じような思いを持ち続けて絶対に戻ってこないと判っていても、もう一度こちらの世界に戻ってきて欲しいと願うことが多い。(亡くなった人によっては絶対戻ってきて欲しくないと願う事もあるが・・・)つまり、未練があるのである。
 ここからが大切なのだが、彼らの考えは違うのだ。未練など一切ない。生きている時は、仲良く付き合うのだが、亡くなってしまうとその瞬間に相手を忘れてしまうのだ、まさにきれいさっぱりと忘れてしまうのである。さっきまで仲良く話合っていた相手が、目の前で事故など起こして死んでしまうと「ああ、死んじゃったんだ」とそれだけで終わりになってしまうのである。
 今の基準では”冷たい”と思うかもしれないが、そうでなければ噺は進まないのだから仕方ない。そういう風に考える彼らの宗派が何かは判らないけれど、生きている間だけを大切にする思想と言うことははっきりしている。有限の世界に生まれたからにはその関係も有限なのだ、と彼らの祖先の偉い人が言ったに違いない

 さあ、これで準備は整った。 まったく違う価値観をもった社会が我々の前に開かれたのだ。
 電車のドアには、ムラマサの妖刀が、ばっちりと取り付けられ、開閉のたびにカチャカチャと金属質の乾いた音を響かせながら、我々を待ち構えている。
 つづく



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2007年01月13日

妄想だけは電車の中ですくすく育つ 駆込み乗車 その2

 田中洋一君は新婚であった。新婚と言っても6ヶ月を過ぎようとしているのだからアツアツと言うには微妙な時期である。午前様でも堂々と手ぶらで帰るけど、休みの日には、手を握りながらお散歩をすると言うくらいの関係である。

 その日は、重要な会議がお客さんのオフィスであるというのに妙に間が悪くて、会社を出ようとすると部長に捕まり、バスはギリギリで乗り遅れ、電車は信号故障に引っかかってしまった。そんなこんなで約束の時間15:00に15分も遅刻してしまった。駅で待ち合わせしていた福山からすごい文句を言われながら駅の階段を駆け上るはめになってしまった。
 これ以上開けないほど足を広げて階段を上り、息を切らせて、ホームに上がったときは、目の前に停車している電車に最後の人が吸い込まれようとしていた。「ヤベー!ダッシュだ」二人は大慌てでドアに走って行き電車に飛び込んだ。福山は先に飛び込み、田中君も運動神経は良い方なので、ジャンプして間一髪間に合うはずであった。ところが彼の持っていたカバンが始発を待っていた人の背中にぶつかり右手がホームに残った。
 瞬間 ドアが閉まった。ざくざくざくという肉を切る音とゴキっと言う骨が砕ける鈍い音が田中君の耳に届いた。

「洋一大丈夫かよ」福山が覗き込む。
「ウーン大丈夫じゃないみたいだ」と、うめき声に近い声で田中君が答える。
「あれ?お前右手は」
「さっき、もって行かれちゃたみたいだ」
田中君は左手で肩を押さえているが、指の間から血がどくどくと流れている。右半身は肩のところから切られてなくなっており白い肩甲骨がむき出しに現れていた。彼らは血の固まりが早いのでしばらくすると出血はかなり収まってきたがそれでも右肩の殆どをやられていたのでかなりの量の出血だ。
「次の駅で病院にいったほうが良いんじゃないか。」
「ああ、そうだなぁ、悪いけど頼むよ」

 彼らの世界にも病院はあるのである。生きている限りは尊重されるし、治療する機関はあることはあるのだ。ただ病院と言っても、我々のところの様に延命だけが目的でなくて、純粋に医学的な目的もあるので治療薬も研究中の薬を与えてみたりしている。それで亡くなっても「あーあ失敗しちゃったぁ」ですむ世界なのである。もちろん、しつこいようだが、彼らの中に不純な気持ちで治療をするものはいない。医学の進歩のため良かれと思ってのことなのだ。

「福山・・・」田中君が情けない声になってつぶやいた
「お!どうした保険証忘れたのか」
「やっぱ、次の駅まで持たんわ・・・」そういうと田中君はずるずるとその場に崩れていった・・・
「何だ、死んじゃったよ・・・やべぇなぁ俺がプレゼンすんのかよぉ、引継ぎだけでもしときゃよかったなぁ」福山は足元の田中君をじっと見つめていた。

電車が 渋谷に着いた。ドアが開いたので福山は田中君の体を足で車外に押し出した。
田中君の体はゆっくりと1回転して水路にポチャンと落ちた。

死んでしまった人を水路へ放り出しておく、ありきたりの光景である。ところが、いつもと大きく違っていたことがあった。水に落ちた衝撃で田中君は意識を取り戻してしまったのである。
「あれ、俺まだ死んでなかったんだ。変なの」
 普通は片腕を切られて一駅そのままだったら大抵死んでしまうのである。だから福山が田中君を用水路へ落としたのは彼らの行動としては特に間違ってなかったのだ。どうやら田中君の心臓は、普通の人より強かったようである。
「そうだ、今日は美佐子の誕生日だったんだ。」
「今日は私の誕生日だから早く帰って来てね。」笑って送り出してくれた美佐子のえくぼが脳裏に浮かんだ。
「お祝いのネッカチーフ渡せなかったなぁ」とだんだん意識が遠くなってきた。

瀕死の田中君の体は水路に横たわったまま、ゆっくりと処理場へと流れて行くのであった。




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2007年05月11日

妄想だけは電車の中ですくすく育つ 駆込み乗車 その3

 ご存知の様に美佐子さんは新婚六ヶ月だ。新妻だ。その日は、朝から誕生日の料理を作っていた。白いエプロンにミニスカートが良く似合っていて、すらりと伸びた足がとてもまぶしい。
 メイン料理は鶏の丸焼きだ。チャングムがテレビで作っていたもので、鳥のお腹に朝鮮人参やしいたけ、銀杏、香辛料といったものを詰め込んで、竈の土でまわりを固めて焼くと言う手の込んだ料理なのだ。レンガの様に固くなった周りをコンコンと軽く叩いて割ると、中から香ばしい匂いと共にうまみエキスたっぷりの鶏が現れるのだ。見た目も驚かすし、またその味が格別なのである。美佐子さんは特にこれを得意にしていて、世界中でチャングムの次に上手いと自負している料理だった。

 15:00のことである。美佐子さんの中に何かが走った。料理の手を止めて周りを見まわしたが特に何もなかった。電磁調理器の上では白い鍋の中でシチューがぐつぐつと煮えていた。でも、確かに何かを感じたのである。ちくりと心を挿されたようなその感覚は昔味わったものでもあった。心に穿たれた小さな穴がだんだん広がってゆく感じ・・・ 何だったかしら、キッチンの窓から外を見た。白い雲が西に流れてゆく。。
 そうだ、おばあちゃんが死んだ時がこうだった・・・「お母さん、おばあちゃんどうかしたの?」「そう、おばあちゃんね、足を滑らせて用水路にはまってそのまま流れちゃったの。何で知ってるの?美佐子は鋭いんだから」。ほんのさっきまで、暖かく抱いてくれていたおばあちゃんが、今は用水路をユラユラと流れている。流しに吸い込まれていく水の音がジャボジャボと妙に寂しく聞こえていた。
そうか・・・「あの人死んじゃったのね・・・」あの時と一緒。もう誰も私を抱いてくれないんだ。「一郎さん」 声にだして呼んでみるけど、誰も答えてくれない。
 美佐子さんは、竈の土で固めた鳥の固まりを二つに割るとラップに包んで冷蔵庫にしまった。
「一人になったんだから、こんなに沢山いらないんだわ。」
紅茶をカップに注ぐと、テーブルに座った。目の前に主のいない肘掛椅子が見えた、「ここには、もう誰も座らないのね・・・今日は誕生日だけど一人でご飯食べなくっちゃ。あ!ネッカチーフも、もう、もらえないんだ。」

紅茶のカップの縁を指でなぞる。なぞる。指がこすれてうっすらと血がにじんでいる。何かが一粒ほほを伝わっておちた。
「あれ?何で涙が出ているのかしら」美佐子さんは不思議そうにほほをぬぐった。そうなのです、彼らは人が死んだからと言って泣く人たちじゃなかったはずなんです・・・
もしかして、死んでないの?もしかして・・もう一度何かが全身を駆け巡った。
           4
 「あの人は死んでないんだわ!」美佐子さんは、腰まで汚水に浸かりながら処理場の中を走り回っていた。
 処理場とは市外を縦横に流れている水路が集まっている所で、流れ着いたものを文字通り処理する場所なのだ。一般のゴミや汚物なども流れて来るがやはり多いのは死体だ。まるままの人間、ジグソーパズルのピースのような肉片など形状は様々だがゆっくりと集まってきている。水路に投げ込まれた全てのものがここに集められ、腐ったり悪臭を放つ前に処理されているのである。

 処理場で、ある特殊な方法で製造された精製水は 扶養水と言う名前で上水道に混ぜられ、固形物は肥料として使用されている。彼らが死と言うものを「お茶漬け」の様にあっさりと受け入れているのは、彼らが毎日扶養水という死体を処理した水を飲んで、体の中に”死”が溶け込んでしまっているからじゃないかと言う人もいる。

 それにしても、ざぶざぶと腰まで汚水に使って肉片を押しのけては、洋一さんを探している美佐子さんの様子は彼らの常識から言えば尋常ではなかった。どうしたんだ美佐子さん?!
 「洋一さん、洋一さん」と叫びながら、肉片や汚物を取り除いていくと、その奥の方にまさにミキサーに挟まれようとしている、かすかに動いている物体を見つけた、もちろんそれは田中君だった。

 美佐子さんの働きで、田中君は九死に一生を得た。彼らは自分たちが死に対して無頓着なのを知っていただけに、美佐子さんのこの執着は大変な評判となり、「時間的に有限でない愛が生まれたのか」「無限の思いの存在証明」と大騒ぎになった。
 もっとも、田中君は生きていたのだから「死んだものには無頓着でも、生きたものには執着する心は誰でも持っており、その大きさが特に大きかっただけなのだ」と言う興ざめな有識者の意見も多く聞かれた。
 復帰した田中君は相変わらずギリギリに出勤して電車に飛び乗ることはしょっちゅうだ。ただ最近は五回に一回は次の電車を待っているようになっているらしい。

 ところで、病院のベットで意識が戻った田中君への美佐子さんの最初の言葉が「私のネッカチーフはどこ?」だったと言うことはさほど知られてはいない。

おしまい



 作者・なら よつねさんの自己紹介とプロフィール

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