2006年07月19日

私の×造(チョメゾウ) 「虹を見たかい!」

蒸し暑い夏の終わりの昼下がり、ご主人は、鼻血の出そうなほど憤って、タイヤチューブを睨んでいた。パンクの修理が間に合わず、予定していたサイクリングが中止寸前だったからだ。
自転車の脇で、群がる薮蚊と格闘しながら、汗だくで修理に取り組むご主人に、目が合ったら蹴飛ばされそうな雰囲気。「ああ、くそっ」とか言って、藪蚊を叩いたり、自転車を殴ったりする、一触即発の気まずさ。オレは身じろぎ出来ず、そこから立ち去るきっかけを探していた。

数ヶ月前、奥様の提案で購入した、色違いの新品自転車2台。ところが自転車の外出は、いつもどちらか一人だった。奥様のパートと、定年近いご主人の仕事で、休日が合わなかったからだ。だからこの日は、二人揃って初めてのサイクリングというわけだ。

前日ご主人は、空気入れやカッパや修理具など買い込んで、晩は地図を広げ、奥様と深夜まで話し合って、いつになく陽気なご様子。幸せなご夫婦の邪魔をすまいと、オレは早めに寝床についた。

当日の朝、普段より早起きして、弁当の準備をしていた奥様は、オレにお裾分けしてつぶやいた。「嬉しい朝よねえ。」
どちらかというと古風な奥様だが、この日に限って鼻歌まじりで、決して若くないご夫婦の昼食にしては、ずいぶんな量の弁当をこしらえていた。ご夫婦の間に子供がいたなら、年相応に老けていたかも知れないし、オレはここに居なかったかも知れない。

ご主人が不似合いなデイバックを背負って、奥様は珍しくジーンズをはいて、「さあ」と自転車にまたがったところで問題が起きた。昨日まで何ともなかった奥様の自転車の、タイヤの空気が無い。すぐにご主人が空気を入れ直して出発したが、5分もすると自転車を引いて帰ってきて、「すぐ済むよ。」とオレにウインクしてパンク修理を始めた。

チューブを引っ張り出して、空気を入れて、洗面器に汲んだ水にそのチューブを入れて、空気が漏れている穴を見つける。そしたら、穴の周辺を紙ヤスリで粗くして、ゴムのりを均等に薄く塗り付けて、替ゴムを貼ってトンカチでバンバンバンって叩くんだ。ご主人は、さも楽しそうに説明しながら作業した。うん、うん、と頷きながら横で見ている奥様は、頼もしいご主人にうっとりしていた。

ところが10分経っても20分経っても、破損個所は見つからず。奥様は頑張って姿勢を変えずに待っていたけど、ご主人は苛つきはじめ、「自転車屋探してくる」と言って、プイと一人で出掛けてしまった。仕方なく奥様は、一旦家の中に戻って、ご主人のためにお茶の準備を始めた。

ご主人は結局、1時間位して自転車を引いて戻り、再び黙って修理開始。奥様が気がついて家から出てくると、「店、閉まってた」とだけしか言わない。オレは気を遣ってご主人に愛敬振りまいたが完全無視。今度は奥様がご主人に気を遣って、あれこれ話し掛けたが、ご主人は気を遣われれば遣われるほど苛立つご様子。

ご主人は、脇目も振らずああでもないこうでもない、と作業を続けている。「ああ、もお」とか「ちぃぃ」とか言うから奥様も落ち着かなくなってきて、「またにしましょう」「お弁当食べよう」と言った。言ってしまった。

奥様が言った後「カチン」とどこかで音がした。ご主人の顔は、見る見る赤くなり、オレは怖くなってひるんだ。奥様も、その場で固まってしまった。ご主人の瞼は厚みを増して瞳が暗くなり、その手は、ぴたりと動かなくなった。怒りのぶつけどころは?オレか?

そのまま皆、しばらく黙っていた。
「昨日、私がちゃんと確認しなかったから。ごめんなさい。」と奥様が口火を切った。
「なんでお前が謝るんだ!」そう叫んでご主人は、水を張った洗面器をオレに向けて蹴飛ばした。不器用にも、洗面器は見当違いの方向にひっくり返って、奥様のジーンズがびしょ濡れ。
「ごめんなさいって言ってるじゃない!」
「だから!お前が謝るな!」

奥様は手で顔を覆ったまま立ち尽くしていた。ご主人は、狂った機械のように、チューブへの空気を入れはじめ、怒りの矛先となったタイヤチューブは、元の2 倍以上に膨れていた。ご主人が手を休めたとき、微かに空気の漏れる音がして、眼を腫らした奥様が、洗面器に水を汲んだ。ご主人が、巨大なチューブの点検を始めると、

ぷしー

一瞬、洗面器から飛沫が昇った。
ご夫婦は、チラと目を合わせ、すぐに洗面器に視線を戻した。沈めたチューブの一点から、仁丹のような泡がぽこぽこ出ていた。「ここだあ」ご夫婦は揃って目頭を熱くしていた。ご主人は、チューブを握った手を離さず、その位置を調整しながら何度も飛沫をあげて、奥様と二人で「ぷしー」を見て泣き笑いしていた。

「ちょめぞう、来い!」オレは、ご夫婦に呼ばれて、思わず尻尾を振って近づいた。「見ろ!」ご主人と同じ方向を見ると、自転車を跨ぐくらいの小さな虹が架かっていた。
オレは初めて虹を見た。
とても綺麗で、うれしくて、何度も何度も虹に向かってジャンプした。



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2006年08月13日

私の×造(チョメゾウ) 「×造が飛んだ」

色濃い青空に雲はまばらで、忘れた頃にトビが横切る、初夏の穏やかな午後。
整備された河川敷よりも、草木の生い茂る未整備部分のほうが多い、二級河川の広河原の出来事。

痩身の男が太った女の手を引いている辺りは、ススキに似た雑草が繁茂する草むらで、子供たちの秘密基地が出来たり、浮浪者が小屋を作ったり、あるいは勝手な畑が散在する、謂わば公然無法地帯である。水辺には、川の流れと並行して、古い杭がいくつか打たれていた。
先頭で草を掻き分けていた男は、杭に気がつくと歩を止め、女はそこで、一畳分くらいのシートを広げた。男と女は、素早く下半身だけ脱いでシートの上に重なった。
……ぴーひょろー
その遥か上空、トビの位置から俯瞰すると、微動する、男の白い尻だけが目立っていた。

そのひとつ向こうの杭の辺りで蜥蜴が、厳密には三匹のニホンカナヘビが、交尾を巡って右往左往していた。カナヘビ×子は、身体を緩慢にくねらせながら、絡みつくカナヘビ×造に身を任せていた。×造は、無我夢中で×子の身体に巻きつき、どこをどうすればいいのか、手探り足探りで奮闘していた。
×子は経験があったけれども積極的ではなく、ただ×造に、好きなようにさせているだけに見えた。
傍らでは、事の直前に×造が打ち負かした、隻眼の老カナヘビがうろつき回り、×造と×子の所作を見るともなしに見ていた。
×造は、右の目で老カナヘビをけん制し、左の目で×子の腰つきを追った。若き×造は、初めてにしては過酷な交尾をそうとは知らず、交尾の目的も知らず、さらには相手が×子である根拠も無かったけれども、一心不乱に努力した。

事を終えた痩身の男は、空に向かって喫煙した。
太った女は下着をつけるとバッグを抱いて立ち上がり、雑草をバッグで押しのけるように、下流のほうへ歩き出した。
男はしばらく空を見ていたが、やがて煙草を投げ捨て、大股で女の後を追った。

何度目かの失敗で、×造が×子の身体から手足を離したとき、急に×子は一目散に走り出した。あっけに取られていると、老カナヘビが×子を追った。いや、大きな何者かの近づく気配に逃げたのだった!
音を立てて藪を薙ぎ倒す足音が近くで聞こえた。×造も逃げ出したかったが×子の行方が分からない。硬く尖った部分が引っ込まない。
躊躇していると、少し先の草薮の隙間から、古い杭に這い上がる老カナヘビが見えたので、×造は真っ直ぐ、杭に向かった。
×造が杭にたどり着き、必至で這い上がっていると、その脇を老カナヘビが落ちるように降りていった。落ちたようにも見えた。気になったが、大きな何者かの足音がすぐ近くに聞こえるので、留まるわけにはいかず、ついに×造は杭の突端に躍り出た。
そこに×子の姿は無かった。殺風景な広河原が続いているだけだった。(しまった!)
背後に太った女の気配が迫った。眼下の草むらの少し先には、同類の移動する背中が見えた。
(×子か!)老カナヘビかもしれないが、問答無用、×造は杭のてっぺんから飛んだ。
手足をいっぱいに広げて、恐れず、力まず、飛んだ。
  (×子おおお、つづきをしよううう)

突然、風が起こり、×造の姿は無くなった。

……ぴーひょろー
太った女は、目の前を飛んだトビに驚いて立ち止まり、あっという間に遠ざかる影を見送った。
痩身の男は、女に追いつき、女の右手を掴んで踵を返した。男に手を引かれる女は、素直に従っているように見えた。

安全地帯に逃げ込んだ×子は、老カナヘビと交尾を始めていた。
獲物を捕らえたトビは、悠々と旋回しながら上昇した。
我に返った×造は、自身の尻尾を切ってトビの脚から脱出した。
初夏の穏やかな午後、二級河川の遥か上空で、風に揉まれて木の葉のように空を舞う×造なのであった。



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2006年11月14日

私の×造(チョメゾウ) 「妄執の穴ぼこ石」

玄関まで庭を横切る黒い敷石のひとつには、石鹸置き程度の窪みがあった。蒸し暑い8月の夕方、少年はその傍らにしゃがみ込んで、こぶし大の石を持ってコツコツと「穴ぼこ石」を打っていた。窪みには、潰された毛虫と虹色に光る体液が澱み、手にした石の先には、毛虫の棘や毛が付着していた。
少年は、額から滴る汗を気にも留めずに、跡形もなく毛虫を潰すとすぐ後ろの柿の木を物色して、毛虫の付いた葉をちぎり、器用に石の窪みに落としては、コツコツとやるのだった。

小学2年生の少年は、祖父母の家に泊まりに来ていた。祖父母の家は、少年の自宅から車で1時間弱、仕事で同じ方面に行くという父親のワゴンに便乗したのだった。「明日迎えに来ますんで」と言って、簡単な挨拶だけで、父親は忙しそうに立ち去った。
その日の夕食後、少年は祖父から、イラガの幼虫に刺された痕を見せられた。
少年の祖父は、その毛虫に刺され、あまりの痛さに脚立から落ちて入院した時のことを、こと細かに少年に語った。少年の目は、祖父の醜いチョメゾウから一時も離れることがなかった。

皮膚が弛んで皺の多い祖父の腕は、チョメゾウの部分だけ皮が張って、少年には、そこだけ別の生き物であるかのように思われた。やや赤く盛り上がった部分の頂点には、ケシ粒ほどの瘡蓋が載っていた。少年は、自身の爪でその瘡蓋を剥ぎ取り、そこから血ではない何ものかが、とろりと溢れるのを想像した。

「しまうよ」
祖父が袖を下ろそうとして、少年は慌てて祖父の顔を見た。「これっきりだぞ」という雰囲気を感じ、少年は思わず祖父にせがんだ。
「待って、触らせて」
祖父の返答を待たずに、少年の指は、祖父のチョメゾウに接していた。

祖父の大きなチョメゾウは、緩んだ皮膚のせいで、少年の指の動きに合わせて抵抗無く動いた。少年は、上下左右にチョメゾウを滑らせた。チョメゾウ自体の形は、微塵も変わることが無かった。
少年は、例の瘡蓋を剥ぎ取れば、皮下の本体が皮膚と分離し、チョメゾウがもっと自由に動くことが出来る気がした。そして、手の甲に移動したチョメゾウや、首まで登って鎖骨で一休みするチョメゾウを想像した。
少年の爪が、チョメゾウの瘡蓋にかかり、指の動きが止まった時、祖父が少年の手を掴んだ。
「痛いよ。治らんよう、ちっとも」

その晩少年は、何年ぶりかの寝小便をした。祖父のチョメゾウに興奮して眠れず、夜中に麦茶など飲んだからだ。

翌日少年は、朝の間だけ気を落としていたが、午後からは寝小便のこともチョメゾウのことも、すっかり忘れてしまったように快活さを取り戻していた。
午前は、祖母と買い物に出かけ、暑い盛りには昼寝をし、午後は祖父にくっついて、庭の手入れや池の掃除など手伝った。少年にとっては、すべて遊びだったし、何をやっても面白かった。

陽が傾きかけた頃、仕事着の父親が迎えに来た。
少し疲れて横になっていた少年は、まだ帰りたくないと思う反面、父親の登場で大いにはしゃいだ。
「見て!おじいちゃんのチョメゾウ!」
無礼にも少年は、祖父の袖を勝手にまくって、父親の方へ祖父のチョメゾウを向けた。
「おい、やめろ!」父親は少年を睨み付けた。
少年は、祖父の容認に勢いづいて、なおも父親に同意を求め続けた。「触ったんだよ、すごいでしょ!」
「おい!干してある布団の小便は誰がやった!」
少年の無礼を嗜めるには、あまりにも強烈な大型爆弾であった。
「いくつだ、何年生だ、何で今頃やらかした?え。」少年は、何を聞かれても答えようが無かった。
「ああ、水を遣る時間だ。頼んでいいかな」
身動き出来ずにいた少年は、祖父の助け舟によって、苛立つ父親の詰問を逃れることが出来た。

少年は、昼の熱気を残す庭先に出て、好き勝手に水撒き用ホースを振り回したが、少しも楽しめなかった。
…なんで布団、隠してくれなかったんだ…なんであんなに怒るんだ…なんで今日帰るんだ…なんでチョメゾウの…

少年が顔を上げると、祖父がイラガの幼虫に刺された柿の木があった。少年は、割と近い、手の届く葉の裏に、紫の刺青を背負った、毒々しい毛虫が動くのを発見した。
…おまえのせいだ。

そう思った途端、少年は足元の「穴ぼこ石」の窪みに溜まった土を蹴りだして、イラガの幼虫を柿の葉ごと引きちぎり、そこに振り落とした。
少年は、こぶし大の石を持ってきて、傍らにしゃがんで、幼虫に載せた。
あえなく潰れた幼虫から膿のような液体が飛び出て、少年は、祖父のチョメゾウの中身を想像した。さらに少年は、毛虫らしさの残る部分に、悉く石を打ちつけ、「穴ぼこ石」の窪みの残滓に唾を落した。
なおも湧出する唾液を飲んで少年は、父親のことや寝小便のことなどすっかり忘れ、満面嬉々として、次なる獲物を探すのであった。



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2007年02月06日

私の×造(チョメゾウ) 「悪童!メンゴ!」

6年生になると、×造は忽然と姿を消した。
一人っ子の×造は団地の同じ棟にいた。小さい頃、近くの公園には、いつも黒眼鏡の×造の「父ちゃん」が一緒で、顔が恐かったけど、俺も色々買ってもらったり、一緒に遊んで貰っていた。
4年生頃からからだろうか、その「父ちゃん」を見かけなくなり、×造の雰囲気も変わってしまった。
目つきが暗く、服装はだらしなく、顔や腕に小さい傷が増え、肌が黒くなった。
実はもともと母子家庭で、「父ちゃん」が蒸発した後、母親が夜の仕事に出るようになり、×造は夜遅くまで、中学生らとゲーセンに出入りしていたらしい。小学生のくせに金使いが荒かった、とも聞いた。
かくして×造は皆から敬遠され始め、×造も仲間に入って来なくなった。

それからしばらくして俺達、普通の小学生も、ゲーセンの大流行に感染した。
その頃のゲーセンは、どこも先客で満席、たいてい中学生以上の連中が、テーブルに小銭を積んで、人気ゲームを占有していた。
そのため俺達は、学校が終わると、とりあえず近所の駄菓子屋に走った。10円のインベーダーやその類いが置いてあったからだ。
但し、そういう店でも、新しいゲームは50円か100円だったから、たまに小金持ちの同級生が遊んでいれば背後に群がって、小便の時などに交代させて貰ったり、ゲームの電源をガチャガチャやって[残数99]とかにするインチキ中学生に媚びたりしていた。

もちろん俺達も、それを良しとしていた訳じゃない。日々、小銭集めには精進した。
夏場はカブトやクワガタを取って、街のペットショップで売り捌き、虫が取れなきゃ自宅や近所の1リットル瓶を片っ端から酒屋に持ち込んで換金した。
売り物が無ければ、近所中の自動販売機を練り歩き、祈りを捧げるように自販機の下を物色した。
酒屋の裏からケースごと空瓶を持ち出して、別の酒屋で換金するやつもいたし、車上荒らしで捕まったやつもいた。
そんな中での小学5年生の春休み、再び俺は×造と接触したのだった。

大型スーパーの屋上にあるゲームコーナーの帰り、俺が出口付近の自販機など物色していると、
「なーにやってるだかっ」と言って、床にしゃがんでいた俺の背後に×造がいた。×造はネックレスなどして、少し年長に見えた。でも立つと俺のほうが大きく、やっぱり調子づいた悪ガキにしか見えなかった。
「いいこん教えてやるから来おし」(いい事教えてやるから来なよ)
戸惑いながらも俺は、手招きする×造に従って、スーパーの駐車場周辺で「使えるレシート」を探し回った。
×造はしたり顔でゴミ箱を漁り、俺は自転車置き場をうろついた。
<T1デンチ2パック * 10 … … 合計\3,700>
と記載のあるレシートを見つけて×造に見せると「オオ、コレ!」と俺から奪い取り、ちょこまかと店内に消えた。

慌てて俺は、2回へ上がっていく×造の後を追った。
×造は、エスカレーターの向こう側の電気関連売り場で、例のレシートを確認しながら、単一乾電池2本パックを丹念に物色していた。
悪いことしてる!そう思った途端、俺は息が止まりそうで、×造に近づけなくなった。
目当ての乾電池を抱えた×造は、エスカレーターから1階へ降りていった。
身を隠していた俺は、わざわざ階段を使って×造を追った。

1階は夕方の買い物客で込み合う食品売り場で、×造は、ひしめく主婦達の間を縫って、一番手前のレジに辿り着いた。俺は隠れて、×造の動作を覗いていた。

レジを打つ店員に×造が何か話した。
店員は驚いたような顔をして、×造が抱えている電池の山を凝視した。
レジを待つ主婦達に会釈した店員は、×造から電池を受け取った。
すかさず×造が、かのレシートを店員の鼻先に差し出した。
レジを待つ主婦が何か言った。再び店員は、主婦達に会釈したが、×造はじっと店員を見ていた。
店員は、電池を置いてレシートを手に取り何か書き込んで、ハンコ?を押し、レジを打って現金と、新しいレシートを×造に手渡した。
×造は少し笑って踵を返し、店員はもう一度主婦達に詫びていた。

颯爽と外に出た×造を追って声をかけると、×造は、さも面倒くさそうに俺を一瞥し、目で人気のない方を指した。
俺は、なぜか気まずい思いで、自転車置き場の一番奥までついて行った。
×造は、俺の手に千円札をのせた。「うそ!」俺は思わぬ収穫に仰天、×造のネックレスが神々しく感じられた。
「明日Yマートでやるから来おし」
そう言って、母親が仕事に出る時間だからと、×造は自転車で走り去った。

それきり、ゲーセンに行っても、スーパーに行っても、×造と会うことはなかった。小学校でも、一度も見かけなかった。
×造は、あの春休み中に補導され、その件で母親と警察の間でもトラブルが起こり、×造だけ別の県の親戚に引き取られたらしかった。

「明日Yマートでやるから来おし」
…約束の当日、俺は恐くなって、家から一歩も出なかったのである。



 作者・chitokuさんの自己紹介とプロフィール
posted by 村松恒平 at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の×造(チョメゾウ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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