2006年07月12日

世紀末の女王(マザー)第一話

 地上に繋がる発射孔が開かれ、地表の暴風が地下構内の空気を吸い上げた。その
音に式典の始まりを感じ、薄暗い構内にどよめきの声が湧き上がる。八方の和太鼓
が単調なリズムを打ち始め、かがり火が揺らめく。地を踏む足音が一つ、二つと太
鼓に重なり始め、やがては群集全てが地を踏み鳴らす。太鼓はうねるように間隔を
縮め、乱打されると、彼らは飛び跳ね、叫びを上げては踊り廻る。
 突然、太鼓は止み、白色のスポットライトが祭司たちを照らし出した。同時に、
壁面の巨大なスクリーンがその映像を映し出す。

 「コン、グラッジュ!レイ!!ショーンス」
男の祭司がオーバーアクションで叫ぶ。群集は大きな歓声で答えた。
「今日のよき日を迎えられて、我々は最高に幸せでーす。マザーに感謝を!
皆さん、拍手!!」 それに応じて拍手の渦が巻き起こる。
祭司は腰を突き出し、片腕を大きく振り回し、拍手を煽る。やがては腕を止め両腕
で拍手を強く押し留める。制止を求める司祭の姿を、下からのブルーのライトが浮
かび上げる。

 拍手が鳴り止み、静寂が訪れ、地上へ向う風音だけが聞こえる中で、女の祭司が
ゆったりした声で話す。
「我々は地上で数々の罪を犯しました。食を貪り、肉欲に溺れ、他人と諍い、動物
を殺し、植物を枯らし、地を汚しました。父なる神は大層、お怒りになり、我々を
滅ぼす決意をされました。マザーはそのような我々を哀れみ神に許しを請いました。
神は七ヶ月の猶予をマザーに与えました。マザーは地下にシェルターを建設し、選
ばれた人間と幾種類かの動物を住まわせました。その後、神は巨大な嵐を起こされ、
暴風と洪水で地上の者達全てを滅ぼしました。また、地下に生き残った者たちの多
くにも罰を下され、その姿を変化させました。おぞましい姿となった者たちを悲し
み、マザーは神に更なる機会を求められました。慈悲深き神はこの地に祝福をくだ
さり、新たなチャンスを我々に与えました」
 
 「さあー皆さん、そのチャンスを見事に掴んだ方を紹介します。山田郁夫さん
その人です。山田さん、どーぞ」 絶妙な間を捉え男の祭司が叫ぶ。
中央の発射台の上に作られたログハウスの扉が開かれ、男が一人、胸を張り重々
しく歩み出る。
「皆さん、盛大な拍手を!!」 
拍手に迎えられ、誇らしげに男は首を何度もかしげ、手を擦る。
それを巨大な画面が映し出す。

「さあ、山田さん、その黄金の席へお座りください」
山田が座ったのを見計らい、祭司が質問を始める。
「どうです?座り心地は」
"いい、至極いいです・・" 耳ざわりな声が響く。
「お母ちゃんの胸の中よりいいですか?山田さん」
”えっ、はあ・・”
「皆さん、お母ちゃんのも、大層いいようですよ」
どっと笑い声が湧き、祭司の顔に満足の色が浮かぶ。

「山田さんは60年の長きに渡り、懸命に働かれました。この危険に満ちた地下世界
平均寿命が33歳という過酷な環境で生き長らえ、見事に試練を乗り越えました。
そんな男の中の男、山田さん。お母ちゃんは何と言って、送り出してくれましたか」
”妻は長い間、ご苦労様でしたと言いました。畑仕事で荒れた手で私の肩をさすりま
した。私も妻の背をさすりながら、お前のお陰で頑張る事ができたと言いました”
「実にいい話ですね、どうですか?皆さん」 拍手が起こる。

「ご家族の事も聞かせてください。」
”現在、息子が2人と娘が2人います。5年前、息子を1人亡くしました。
孫は23人います”
「そうですか、お子さんを亡くされているのですね」
”ええ、先に子供に逝かれるのは辛いです”
「でもお孫さんに恵まれていますね」
”そうです、孫達は可愛いです。孫達に囲まれると元気が出ます”
「皆さん、山田さんに、もう一度、盛大な拍手を」

 拍手が鳴り止むと女の祭司が話を続ける。
「神はこの地で定められた期間を懸命に働き、聖火による救済を受ければ、次の世に
は元の人間の姿で生まれ変われる事を約束されました。そして、人間となりマザーの
導きを受けて、懸命に働き、生をまっとうすれば、再び楽園に迎えられ、永遠の生が
与えられると」

 「さあ、山田さん、聖火による救済の時が近づいてきました。別室にいらっしゃ
るご家族、そして、ここに立会う同教の友たちに残す言葉を仰ってください。」
男の祭司が叫ぶ。
”皆さん、そして妻よ、子供達、孫達よ。私は精一杯、生きる事ができた。それは
貴方たち、全てのお陰だ。貴方たちの1人1人の支えが、私を生かしてくれた。
その事は死んでも忘れない。今日見るサウス孔のなんと美しいことか。
あくまでも黒く沈み込み、その質量は私を圧している。あまりにも圧倒的だ。
旅立つ日を迎えて、私は・・・”
感極まった山田に群集の拍手が沸き起こる。

”皆さんの全てが、後に続くのを信じています。マザーに感謝を!!”



作者・マグナジオさんの自己紹介
posted by 村松恒平 at 00:01| Comment(2) | TrackBack(2) | 世紀末の女王(マザー) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月31日

世紀末の女王(マザー)第二話

山田の言葉は群集の胸に強く響き、拍手は大きなうねりとなり
帰ってきた。
「素晴らしいですねえ」
男の祭司は軽妙に彼らの渦に後乗りし、拍手を添えた。
「山田さんの言葉は我々を強く揺さぶりました。必ずや皆さんも後に続け
る事と信じます。どうですか、皆さん!?」拍手はまた大きくなった。
「しかし、私は更に問わなければなりません。山田さんが旅立つにあたり、
全ての思いを皆さんに伝えられたのか、心残りはないのかを」
「それが私の務めとなります」

 「さあ、山田さん、お尋ねします」
「行きますよー ファイナル! ワーズ!?」祭司は片手を上方に突き出
した。太鼓が小刻みに鳴り響き、最後の音を打つと会場に静寂が訪れた。
”ファ、ファイナル ワーズ!” 山田は強張りながらも答えた。
「ファイナル! ワーズ!!」司祭は両腕を大きく掲げ、聴衆の歓声を
浴びる。同時に、ログハウスの装飾灯が一斉に点き「おめでとう」の文字
が燈されると、死の扉が開いた。
そして、次にドアが閉ざされると、ドアと内壁を覆った金属網に高圧電流
が流れ、再び出る事は不可能になる。

 「それでは山田さんに聖火の家に入っていだたきましょう。」
山田は聴衆に深々と礼をする。礼をしたまま動けなくなった山田に2人の
祭司が寄り添い、ログハウスに向う。口々に聴衆は言葉を掛け、会場に引
きつった音声が満ちる。泣き出す者、飛び跳ねる者、座り込んでしまう者、
それぞれの思いを込めて彼を見送る。 そして、ドアは閉ざされた。

 「さあ、皆さん、ご唱和、お願いします」
「3、2、1、 ファイヤー!」
2の時点で押されたスイッチで、屋根に取り付けられた多くの容器の底が
開き、大量の燃料が流れ落ち、装飾灯を次々とショートさせ引火する。一瞬
にして火柱が立ち、ログハウスを呑み込んだ。炎は明々と会場を照らし、
群集の一人一人の姿を浮かび上げた。大きめの顎、細めの強靭な腕、硬質の
茶の表皮。人間の原形を留めながらも、キチン質の表皮を炎で鈍く反射させ
て踊る彼らは、虫のように見えた。

 ログハウス内で山田は鏡を見ていた。鏡の中の顔を眺めながら思いに耽る。
『上出来の人生だった。皆に送られ、俺は幸せ者だ・・』
『第七孔・・難しい工事だった。邦男と昌徳が死んだ・・俺は何とか落盤
から掘り起こされた』次々と過去の出来事が浮かび上がってくる。
突然、揺り戻しが心に生じ、確信が崩れ、疑問が淀みとなって心に滞る。
『俺は自分の思いを述べたのかな。怖いぐらいうまく話せたが、今となる
と自分の言葉じゃなかったような・・』

 燃焼音が響きハウスが揺れた。焦げた匂いが煙と共に山田へと漂ってくる。
突然、床の一部が下に開き、三名の男が現われた。あっけに取られている
山田に次々と麻酔弾を打ち込んだ。男たちは医療軍の兵士であった。
防火服を着た兵士達はすばやく山田の体を地下に運び入れた。

 ログハウスは炎上していた。丸太と言っても、孔内の二酸化炭素を軽減
する為に植えられた羊歯植物を粉砕した物で、乾燥し軽く圧縮して作られて
いた。本来はキノコの菌床となる物で火の廻りは速かった。
ハウスの延焼に合わせ、太鼓は高鳴り、群集は踊った。突然、ハウスが崩れ、
炎が大きく揺らめいた。炎は次第に翼の形となり、羽ばたくと群集の心は
黄金の時の中にあった。懐旧の涙がこぼれ、その涙の中に天使の顔が浮かぶ。
天使は微笑むと再び羽ばたき、地表へとゆっくり昇っていった。
”マザー” 次々と叫び声が上がり、群集は慟哭した。

 篠田 快は泣き崩れている群集をディスプレイで眺めていた。
ポジティブ数、エモーション数とも高く、群集の同調、興奮の高さを示して
いた。篠田は技術者層であり、最下層の労働層とは違い、外観上、虫化は
されていなかった。彼はこの式典のディレクターの一人で、この式典の構成
を任され、聴衆の反応を観察していた。群集の音声は分析機を通り、瞬時に
デジタル標示されていた。抽出された一人一人の映像も分析され、短時間で
表になって、後程、篠田に届けられる。 
『いい数字が出た』 会議での反応を予想して、自然と笑みがこぼれた。

 連絡が入り、山田の生体が保存カプセルに収容された事が告げられた。
『これで、俺の同類がまた出来るわけか』山田のあっけにとられた顔が浮か
び、篠田は笑いを浮かべた。その笑いは篠田内に潜む虫の要素へも向けられ
ていた。山田のように60年間を全うした虫化人間の遺伝子が取り込まれ、
篠田は誕生したのだった。



作者・マグナジオさんの自己紹介とプロフィール
posted by 村松恒平 at 16:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 世紀末の女王(マザー) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月30日

世紀末の女王(マザー)第三話

 回廊を駆け抜けた十頭立ての乗合馬車は、教会本庁前に止まった。御者の制止声
が大きく響く。この地下国では産業以外の動力はCO2対策を兼ねて動物が使われ、 
燃料の殆どは食料、資源産出と居住地拡大に充てられていた。篠崎 快は小刻みに
動いている馬車から慣れた様子で降りると、この国で最大の門孔の前に立った。
黒々とした大門には教えをモチーフにした天使やマザーの姿などが重厚に刻まれて 
いる。篠崎は彫刻の一つのバグ(虫化人間)を横目で睨みながら通り過ぎると、孔
のゴツゴツした壁面を掌で擦りながら足を進めた。この地下社会では巨岩には親し
みを感じ、親のような安心感を持つ者も多かった。
 今来た回廊の壁面には太陽灯がともされ、羊歯の緑が映えて開かれた感じがした
が、門孔内には数多くのランプが灯り、厳粛な雰囲気が漂っていた。篠崎にはそれ
が少し圧迫感をもたらした。彼は一つのドアを開けた。薄暗い通路を歩いて会議室
に入ると、皆の強い視線が篠崎に集まり、思わず頭を下げる。
「評議会議長がいらっしゃる事になったのよ。それなのにまだ一人来ていないの」
日頃は強気のチーフディレクターの三崎真由美も動揺を隠せないでいる。評議会は
この国の最高機関であり、その議長はマザーの補佐役としては随一の権力を持って
いた。
 「やあ、突然押しかけてきたよ」
登場すると、男は権力者には似合わぬ気さくさで挨拶した。
後に控えたもう一人の男は、無表情に室内の者たちを見渡す。
「これは、これは、議長様にはようこそいらっしゃいました。また、書記官様にも
来て頂きまして…」
「まあ、挨拶は抜きにして、早速、始めよう」 
腕時計を指差しながらの議長の言葉に、チーフは開会を告げ、議長にお言葉を仰いだ。
本来は今回の式典の総括を行う会議であったが、議長の来会により、微妙に変質した。
「今回の式典は素晴らしいものであった。マザーも放映をご覧に成られ、大層お喜
びになられた。ところで、式典の構成をした人間はどなたかな?」 
議長の言葉に周囲の視線が篠崎に集まる。慌てて篠崎は立ち上がり、議長に挨拶する。
議長は篠崎をしばし凝視すると、大きな賛辞を送る。そして、言葉に添えられた議長
の笑顔は、打ち解けにくい篠崎の心を穏やかに緩めた。
 その時、ドアが開き、大柄の軍服姿の男が現れた。チーフが早速、駆けつけ、男に
事情を話す。
「医療軍の山本一尉であります。トラブルが起きまして…誠に失礼しました」
男は頭を下げた。
議長は頷くと言葉を続けた。
「次に先の評議会での概要を伝えよう。岸川君、手短に頼む」 
議長の指示を受け、 書記官は立ち上がる。
「マザーの統治を受けているエリアは現在32箇所あるが、総人口で100万人を突破し
た。地球環境大崩壊後衰退を重ねているかつての大国群の統治人口をついに凌駕した。
既に宇宙ロケットの入手数で世界一になっている我々は、火星問題を解決すれば爆発
的な人口増加それもバグを除く人本来の増加が期待でき、やがてはマザーの統治は、
人類全体に及ぶであろう」 
書記は議長の顔をうかがい、席に座った。
 「現状の支配状況は順調である。諸君らは一層の努力に勤め、虫化人間たちが生涯
産出額を増やすよう、動機付けを果たして貰いたい。その意味で今回の式典チームは、
素晴らしい結果を出した。マザーは喜ばれ、私がそのお気持ちを伝えに来た。
人類再興に、マザーは使命感を持たれ、日々御心を砕かれていらっしゃる。君達の事
も細やかに案じていられる。マザーの恩を一日でも忘れてはならんぞ。」
「ところでトラブルとは何だったのかね」
一尉がすかさず立ち上がった。
「かねてより警戒していた一名が逃亡しました。その者は山田郁夫の孫ですが、昨年か
ら要警戒数値を突破しておりました。今回の式典の効果は残念ながら彼には及びません
でしたが、式典の価値を貶めるものではないと思えます。軍は既に追跡を始めています
ので、近々、身柄を確保します」
「うむ、残念な事ではあるが、これにめげず君達には頑張ってもらいたい。すまんが
我々は、これで退席する。これでも議長は中々忙しくてな」
議長らの退出を全員が立ち、見送った。議長は去り際に篠崎へ笑顔を向けてくれた。
 「いやはや、さすがは議長! 中々の貫禄ですな、さすがの私も緊張しましたよ」
祭司が早速、まくしたてた。篠崎はこの男には馴染めないものを感じている。
「ところで将校さん、山田の孫ってえのはどんな奴なの」 
「まあ、子孫が多ければ、中には出来損ないもいるのだろう。背後関係は今の所ないと
判断できる」
一尉は無造作に会話を打ち切ると椅子に座り会議資料に目を通した。祭司風情とおしゃ
べりを続ける気はないらしい。
「僕は三重野だよ、なんて態度だ、失敬な奴め」  
「まあ、まあ、三重野先生、お座り下さい。」  
鼻白んだ祭司をなだめながら、チーフは会議の再開を告げた。



 作者・マグナジオさんの自己紹介とプロフィール
posted by 村松恒平 at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 世紀末の女王(マザー) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月01日

世紀末の女王(マザー)第四話

  会議は波乱含みで再開した。10名の式典スタッフ代表と他のエリアからのオブザーバー
が12名、会議には参加していた。
「 マザーは技術を常に向上、普及させよと言われました。今回、幸いにして好結果を得ました
が、皆様の批判検討をよろしくお願いします 」自信に溢れた三崎の声が響く。

  「 まず、今回の式典の構成者から報告を聞く事にします 」 
チーフの三崎に促され篠崎は立ち上がる。
「 今回の式典の狙いは、バグたちの感情を振り子のように大きく振らせながらピークに導き
ピーク時にCGで宗教的シンボルである天使を現出させて、より深い法悦状態にする事に
ありました。狙いどおりに事は運び、最大の同調と感動を得る事ができ… 」
「 その通り! 」 三重野が声を上げた。
「 筋書きだけで観客が感動する事はないが、篠崎君の構成はともかくすばらしかった。バグ
達の反応がすこぶるよく、私もやり応えがあった。45年にわたる私の人生の中で最も素晴
らしい体験をさせてもらったよ、篠崎君には感謝する 」三重野は丁寧に頭を下げた。

 「 恐縮です 」予想外の三重野の態度に、面食らった篠崎は、思わずチーフに目をやる。
三崎は目立たぬように顔を横に振り、声を出さず口の形だけで「 タ、ヌ、キ 」と伝えて来た。
「 さて、バグ達の感情の振幅を大きくする為に、山田自身の振幅に注意しました。まず、従来
通り、催眠状態でのリハーサルを何度か重ねました。その中で彼の言わんとする事を聞きだ
し、簡潔で強いメッセージにまとめました。そして、彼の実直で男らしい性格を後押しする為、
今回は数種の薬剤を、脳の各部にもちいています。ケルセンを使い人格を固定化し、デーべ
を用い感情の流量を大きくしました。また、固定化と流量の繋がりをよくする為に… 」 
三重野が大きく咳払いをする。
「 ああ、その山田の人格を、三重野先生が絶妙に引き出され… 」
三重野が篠崎の話を奪う。
「 薬剤は使えばいいというものじゃない。人格が強調されるが、強さが一本調子になり、話の
流れに山谷を付けにくくなる。その点、篠崎君の処方は実に見事だった。皆さんもそう思いま
せんか? 」
チーフが苦笑いを浮かべる中でオブザーバーの拍手が響き、女祭司の石田はゆったり頷く。

 「 ありがとうございます。次に、従来よりバグ達は充分に太鼓の音に順応していますが、今回
は、これに光の効果を付け加えました。例えば、かがり火による薄暗さから白色スポットや巨大
スクリーンの強い光への明暗、拍手を静める際のブルーライト等々。また、一瞬にログハウスが
燃え、火柱が立つような工夫。これは大道具の方々の腕のよさに、充分に助けられています 」
「 我々は言われた事は何でもこなす。ただ、それだけだ 」
角ばった顔の男がぶっきらぼうに言い結び、横の大男が辺りを覗いながら肯く。
彼らに丁寧に頭を下げ篠崎は話を続けるが、その時、一尉は机の下の無線で、部下に合図
を送った。
「 充分な被暗示状態のもとにCGによる天使を出しましたが、同時に催涙波動を乗せた超音波
も発射しています。データーで見ると… 」 
ドアが強くノックされ、篠崎は発言をやめ、オブザーバー達のノートに書く音が止まる。
「 会議中、失礼します。山本一尉に急用です 」将校がドアを開けて、用件を告げた。
「 ちょっと、失礼する」山本はかすかに笑いを浮かべ立ち上がると、その将校と部屋の外に出る。
「 予定外だった。評議会議長が来られていて、式典を貶す事が殆どできなかった。山田の孫が
逃げて、いい機会だったのに 」山本は小声で話す。
「 で、どうしますか 」部下は問う。
「 議長も帰られたので、言いたい事をいって、さっさと切り上げて来る 」山本は笑うと部屋に戻る。
 
 「 医療軍から報告させて頂く 」山本はチーフの顔を見ながら言った。
「 常時、医療軍は同調性で5段階に分け、2以下のバグはマークしている。式典の効果は2以下
になると不安定なものになるからだ。今回の山田の孫も1に近い2のランクであった。それから孫
の逃亡は、観客退出の混乱に乗じて行われた。故に次回からは、2以下のバグは事前に逮捕
収容して置きたい、以上。すまんが、これで私は失礼する。逃亡者の対策をしなければならない 」
「 勝手な事を言うな。大事なこの会議を何だと思っているんだ! 遅れて来たと思えば、今度は
中途退座か 」
憤然として顔を赤らめている三重野を冷ややかに見据え、山本は言い放つ。
「 バグは我々に任せて、皆さんはごゆっくりお話しください 」
「 一尉、それはどういう意味だ 」 
「 そのまま、お受け取りを。バグなど軍が最初から抑えていた方が面倒がないのだ 」
「 馬鹿な事を言うな。力で抑えて、バグ達のやる気を引き出せるものか。お前たちの大仰な装備
の一つ一つは、私の一言に及びもつかない 」
三重野の発言に同意して、篠崎は山本を睨む。
「 ふふ、それでは 」
侮りを露わにし、山本は退出しかける。
「 バグ一匹で医療軍さんは、てんてこ舞いです。皆さん、軍の健闘を祈る事にしましょう 」
チーフの三崎の言葉に、思わず振り向いた山本は三崎と睨みあった。



 作者・マグナジオさんの自己紹介とプロフィール
posted by 村松恒平 at 00:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 世紀末の女王(マザー) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月17日

世紀末の女王(マザー) 第五話

 足を踏み込むたびに石くれは動き、砂岩質の石が砕ける。足に蹴られた砂利が体と共に斜面を落ちて行く。強靭な細い脚は、そんな中でも上体をしっかり支え、力強く移動を続ける。
クソッ≠、めき声が思わず、山田博之の口から出る。
祖父を諦められぬ気持ちが博之を発射台に向かわせ、式典会場に忍び込ませた。既に参列者は去り、閑散とした中で、焼け落ちた家の片付けがされていた。博之は気づかれぬように近づいていった。「ちょろいもんだ、遺品の出来上がり」、作業の者が発した言葉、焼けた灰へ骨片と祖父の認識票を投げ落とし混ぜていた所作が、博之の心にわだかまっていた違和感に明確な形を与えた。
全部嘘じゃないか#飼Vは、ほの暗い大洞穴に向かい斜面を駆け下りて行く。
 
 斜面を下り終え息を整える。湿った空気が幾分か喉を潤す。苔があちらこちらに群生し、それらは蛍光を発し薄明の世界が広がっていた。そんな世界を切り裂くように数箇所の裂け目から薄日が差し込んで来る。ここは自然に出来た大洞穴であった。幅数百m、奥行き数kmの大きさがあり、さらに八方に細い洞穴が広がっていたが、全体的に砂岩質が多く、地盤の脆さから開発は断念されていた。科学者はこの地に苔やキノコの菌糸を蒔き、幾種類かの昆虫と動物を放っていた。放牧した動物を誘引源で引き寄せ、集まった動物を捕まえる仕事で博之はこの地を訪れていた。

 『じいちゃん』祖父の顔が浮ぶ。
博之が社会に対する疑念を口にだすと祖父は悲しい顔をした。
俺らは罪を償わなきゃ、ならんのさ。地上で散々悪事をしてた報いだ。それをマザーは救ってくれた。どんなに酷くても、マザーに着いて行くしか道はねえ
祖父は博之の頬を撫でた。
『じいちゃん、騙されていたんだよ。あいつ達、俺らを笑っていたよ』
博之は祖父の行方を問い詰めようと、その作業員が一人になるの待ったが、途中で発見され、逃走して来たのだ。
「きっと、爺ちゃんを助け出すんだ」改めて心に誓い、博之は歩き始めた。
もう少し行くと湧き水あり、喉を潤すことが出来る。この一帯には土地勘があった。博之の足音に驚いたのか小動物が岩陰に逃げ込む。博之は念のため周囲を見回し物音を探る。
『大丈夫だ』 まだ、追手の足音は聞こえなかった。
 
 地面にころがっている大石を、博之は巧みに避けながら走ってゆく。水音が聞こえ、足が速まる。前方には丁度、差し込んだ薄日が湧き水を柔らかに照らし出していた。近寄って見ると湧き水は白銀のように輝き、波紋を広げていた。博之は喉の渇きも忘れ、それをしばし眺める。波紋は向こう側で溢れ、音を立て細い水路となって流れいく。
その水音に別の音が重なる。顔を上げると遠方から小型飛行船が近づいて来る。博之は身を伏せると岩陰に後退する。上部の対落石プレートが薄日を反射させ飛行船は行き過ぎる。
『医療軍め』 船腹には医療軍の赤十字が大きく描かれていた。
飛行船は去り、博之は湧き水の中に乱暴に両手を入れ、水をむさぼり飲む。
記憶が蘇り、顔を上げる。
『鍾乳洞だ、しばらく中に隠れていれば追手も諦めるかもしれない』鍾乳洞はすぐ近くにあった。偶然、博之が発見したが、医療軍には知られていない可能性があった。
 
 鍾乳洞への割れ目に体を潜り込ませると、ひんやりとした冷気が体を包んだ。傍らには水が流れている。立ち上がって暗闇の中を上流へ進む。虫化された目にはぼんやりと視界が開ける。遠くの水音が重なりながら聞こえている。博之はゆっくり歩を進めた。二手に分かれた洞穴を前にして博之は腰を下ろした。右側の洞穴から水が流れて二手に分かれ、一方が左側の洞穴へ流れていた。

 なにげなく掬った水の冷たさが、辛い記憶を蘇らせた。
『あさみ…』 
冷たくなってしまった頬、掌、強く抱きしめると壊れそうな頼りなさに、溢れる感情を声に乗せ、ただ泣くしかなかった。恋人の突然死、それは虫化人間の社会では百人に二人の割合で生じていた。司祭たちは神の招きとして祝福し、来世は人として生まれてくるからと博之を慰めたが、実際は、人に虫の遺伝子を組み込んだ為の弊害であったことを博之は知らない。

 暗闇はまた一つ過去の記憶を浮び上げた。
大好きだった叔父の突然死、それは恋人が亡くなってから一月も経たずに起きた。工事中に突然倒れ、家に運ばれて来た。ヘルメットを被った煤けた顔が、表情をなくし博之に向けられたいた。叔父の妻や子たちが泣きながら遺体にすがっていたのを、立ち尽くし博之は見ていた。大切な人の死の重なりが社会への違和感を生み、それ以来、博之は違う目で社会を見るようになった。
掌から水が流れ落ちる。
そして遅れてやって来た悲しみが、身を突き刺し、博之は背をかがめ両足を抱いた。



 作者・マグナジオさんの自己紹介とプロフィール
posted by 村松恒平 at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 世紀末の女王(マザー) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。