2006年07月11日

少年少女Got Short Dance

 騒音の中で並んだ4人は、誰からともなく自然に手をつないでいた。顔を見合わせ、つないだ手を大きく振り上げると、2500人の喝采が空気を揺るがした。壁に大きく表示された21:07のデジタルが歪んだかとも思える音は、間違いなく新しい世界の扉が開く音だった。
「がぁー、やべえ、オレ完璧にハートをぶち抜かれた!」
フィフスが喝采に負けないように大声で叫んだ。
「これ、何ですか?ドォワーって、これっ、僕たちに向かって飛んでくる音ですよね!」
ドクタが涙を潤ませて笑いながら叫んだ。
「気持ちイイーって、脳が踊って喜んでるよ!」
まるで自分に伝えているかの様に、ヒメは宙に微笑みかけて叫んだ。
「お前等サイコーだぜ!」
新しい世界の全ての住人達に、キョウが心からの言葉を放った時、星空にはこの日3発目の花火が、全ての苦しみを浄化しながら美しく燃えていた。

【1】 [ドクタ -始まりの為の終わりの始まり- ]

 肩にかけたベースが重いので、何度も左右にかけ直しながら、夕方の慌ただしい商店街を僕はゆっくりと駅に向かって歩きます。途中には大型家電ビルがあり、店頭に並ぶ10台の液晶テレビは全部同じチャンネルです。その前迄来ると、川で6歳の男の子2人が行方不明になったというニュースを、眼鏡をかけた知的で綺麗な女性キャスターの顔10個で投げかけてきました。僕はそのキャスタ−の左斜め上に浮かぶ17:03の数字を確認すると、そこで立ち止まりました。スタジオの入り時間に余裕がある時は、ここでボーと、テレビを眺めてから行くのです。
 次のニュースは、毎年8月恒例の野外音楽堂でのライブが17:00から始まったというものでした。野外音楽堂は隣街にあって、僕も行きたかったのですけれど高価なのと、文化祭バンド[2年10組]の練習があるのでチケットを買わなかったのです。でも本当は、練習なんてどうでもよく、ライブに行きたいというのが本音なので、10個の画面に映し出された会場前の映像に釘付けになっていました。
 その時、近くでくぐもった音が聞こえ、直ぐ側に人が立っている事に気づきました。ゴリゴリと何かを噛み砕く音源を見ると僕と同じくらい、17歳くらいのサラサラの黒髪と透き通った白い肌の女の子が居ました。彼女も映像に見入っていて、僕の存在等全く気づいていない様です。ゴリゴリという音が小さくなるとポケットから何かを口に運び、また噛み砕き始めました。画面が、知的で綺麗な女性キャスター10個に戻り、次のニュースを投げ始めると、女の子は駅の方へと歩いて行きました。
 僕も行こうかと、ベースをかけ直すと肩を叩かれ、振り向くと顔に激痛が走りました。お腹にも数回何かがあたる痛みがあり、やっと目を開くと僕と同じ歳くらいの女の子が2人、指をさしながらケラケラ笑っています。一人はショートカットのとても綺麗な顔で、もう一人は金色の長い髪を束ねた太っちょ。どちらもジャージにビーチサンダルです。
「マジ日本語通じないんじゃね?」と太っちょが言うと、
「幽霊と話してたじゃん、日本語喋るインドジンっしょ。うわ、鼻血だしてるよキモー!」と綺麗な顔が口を大きく開けて笑いました。
 僕の左右には20代前半くらいの男が2人立っていました。両方長い髪がオオカミみたいで、一人は汚い灰色、もう一人はくすんだ黄色です。さて、僕は何故殴られたのかと、痛む脇腹をおさえながら黄色オオカミを見ていると、横から灰色が僕の顔を蹴り上げました。ベースを落とした僕はそのまま倒れ込み、「痛ってぇ…」という言葉と、口に溜まった血を吐き出しました。
「やっぱ、日本語喋れんじゃん。インドジンさ、幽霊の何なの?」と黄色オオカミ。
「ユーレイ…?」何の事だろうと思いながら、これ以上怒らせるとヤバそうなのでうまく答えなきゃと考えてると、
「テレビ観てたろが」と、髪を掴まれ顔を引き上げられました。
また殴られるかと、咄嗟に顔を手で覆いながら「テレビ…野音?」と言った途端、
「はい、タイムオーバー。インドジン拉致決定ね、おめでとう!」と、灰色オオカミがにこやかに言い、黒のオデッセイの後部座席に引きずり込まれました。通りを行く人が僕をチラっと見ましたが、無関心を決めて歩き去ります。世界はこんなものなのだ…大丈夫、解ってるから。
 黄色が運転席に乗り込むと、すぐに車が動き出しました。リアウィンドウ越しに赤い髪の人が手を振る姿が見えたので、手を振り返しましたが、灰色に殴り倒された為シートの下に。
 インド系の父のおかげでトラブルには慣れっこだけれど、拉致はヤバいな…何とか逃げれないかな。鉄の味がする。ユーレイって何だろう。スタジオ間に合わないな。あれ、ベース何処だろ。赤毛君見送りありがとう。…と、汚いシートの裏を見ながら、僕は色々と考えていました。



作者・和倉さんの自己紹介
posted by 村松恒平 at 23:34| Comment(3) | TrackBack(1) | 少年少女Got Short Dance | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月04日

少年少女 Got Short Dance

【2】 [ヒメ -落ちたモノ、響く音- ]

 フェンスの上にあがる。7〜8メートル程下には、静明川が足のつかない深さで揺れている。
揺れを見つめながらキャンディーを噛み砕く。バスの効いた快音が頭蓋骨を伝って脳を挑発してくる。目を閉じるとドーパミンにやられたバランサーが体を揺らす。
 心がざわつく時は、この橋に来る。ここから見える世界と、頭蓋骨を伝う脳への挑発音は、私を落ちつかせるから。

「そこから飛んだところで何も変わらないよ」
 突然足元から声がしたので見下ろすと、私の立っているフェンスに頬杖をついた男の子が、真っ直ぐ前を見つめて立っている。同い年くらいかしら、線が細い、高校生だろう。そう思いながら次のキャンディーを噛み砕く。
「落ちてる時ってほんとにスロウになるんだとか、着水時の衝撃って思ったより痛いとか、そういうくだらない知識が脳にメモリーされるだけだ」
 今まさに地平線に消えようとする太陽の欠片を見つめながらそう言った彼の後ろを、自転車で急ぐおばさんが、私と彼を交互に見ながら通り過ぎた。

 ここからの眺めは好き。特に陽が沈む前後の橙、碧、紫、黒、等のグラデーションを描く空に足元の川がユラユラと伸びていくのは美しい。
 いつもは彼の様にフェンスに頬杖なのだけれど、今日はもっと近づきたくなってフェンスに立ってみた。さっき、サエ達に遭ったからかもしれない。何に近づきたいのか解らないのだけれど、彼の言う飛ぶって事なの?

「ちょっとコレ持ってて」
 真っ直ぐ前を見たまま彼は、携帯を私に伸ばした。
「ん?」
 躊躇いつつも受け取ると、彼はサラッとフェンスを飛び越えた。
「えっ!?」
 彼がゆっくりと落ちてゆく。陽の消えた直後の世界では、川はコールタールみたい。風を孕んだ白いシャツがゆったり波打ち、彼は浮いているように思えた。
 バシュっと短くスマートな音と共に、彼はコールタールに消えた。
「何?…何なのよ!」
 私は道路に飛び下り川辺に向かって走った。橋を渡りきって土手の階段を降りると、彼がコールタールから這い上がってきた。良かった、生きてた。
「何考えてんの!あんたバカでしょ!」
 ふうと一息吐き、頭を振って水を切った彼は、立ち上がるとボトボト水を落下させる両腕を水平に広げた。心意を読み取ろうと、その瞳を窺う。

「どっか変わった?」

 一気に力が抜けた。さっき迄のざわめきもすっかり消えて、心がさらりとした。
「ええ、変わったわ。あなたの服は重く、私の脳は他人が落ちてる時でもスロウになるって知識をメモリー」と私は微笑んだ。
「あそこからよく飛んでるの?」携帯を渡しながら橋を指差す。
「否、初めてだよ」と、携帯を受け取りながら彼は言った。
 私の為に飛んだの?この人…。
「キョウだ、棗田今日」彼はニッコリと右手を伸ばした。
 私は自分の名前が好きじゃない…だけど。
「ヒメ、小石川緋芽」と、彼の手に右手をあずけた。彼には素直に名前を言えた。
「ヒメ、良い名だ」
「そう?でもそう呼ぶ人はいないわ、学校の皆はあたしを幽霊と呼ぶの」
「ユーレイ?」
「いない人って事らしい。あたし、友達がいないわけ」
「ヒメには少なくても2人友達がいるよ」
「2人?」
「そ、オレとフィフス」
 …ふぃふす?
「オレの友達はフィフスの友達。だから友達がいないってカッコいい言葉はもう使えないよ」と、キョウは悪戯っぽく笑う。
 キョウか…悪い人ではないのね。
「ありがと…で、ふぃふすって何?」
 キョウは笑い出した。楽しくって仕方がないって感じだ。
「フィフスが何かねぇ!ま、その内解るさ」
 突然バッと爆発音がした。音の方を見ると、紫色の空に大きな花が咲いている。花火…?その花はバチバチと音をたてながら、スーと柳の様に落ちてゆき、ゆっくりと消えた。
「何だろ、野音の演出かな?」
 花の消えた空を見つめたまま彼は言った。今この街にある野外音楽堂で、サマーフェスが行われている。
「野音かぁ、あたし行く筈だったのになぁ」
「何で行かなかったのさ?」
「…チケットね、サイフに入れてると取る子がいるから教科書に挿んでたの、したらお昼休みに教科書全部隠されて。そのまま、夏休みの今も」
「そっか、じゃあ観に行こう」
「え?持ってるのチケット?」
「行きゃ何とかなるっしょ」
「何とかなったらチケット売れないでしょ!」
 無機質な着信音が響いた。このメロディーは知っている、Fly Me To The Moonだ。
「フィフスだ、ちょっと待ってね」とキョウは耳にあてる。ふぃふすは人のようね。
「ハロウ…静明川…おまえか…ドクタ?…そっか、じゃ野音に向かって…連絡するよ」
 携帯を切るとキョウは私の手を取った。
「よし、行こう」
「ちょ、ちょっと…」訳が判らずも、何だか楽しい気分になってきた。
「あ、それから、ヒメの友達は3人になったみたいだよ」
 土手の階段の途中で振り返って、キョウは笑った。



作者・和倉さんの自己紹介とプロフィール
posted by 村松恒平 at 16:43| Comment(2) | TrackBack(0) | 少年少女Got Short Dance | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月02日

少年少女 Got Short Dance

【3】[フィフス -流れに乗れ、流れに抗え- ]
 八王寺駅前商店街朱雀通りの楽器屋[アーク]でギター弦を2set買う。いつも行く三軒沢のスタジオ[ダフト]には、お気に入りの弦、スーパー・バレットLRを置いていないんだ。ダフトの店長は音を解ってないね。
 テラスのあるスターバックスを過ぎて左に曲がると、黄色い髪の男が少年を引きずる様に、スモークで車内の見えない黒いバンに運んでいる。車に入る直前の少年から何か落ちたが、男はそれに気づかず運転席に入りバンを走らせた。落ちたモノに駆け寄る、財布みたいだ。拾い上げてバンに振ってみるけれど、バンに止まる気配はない。
「それどうすんだい?」
 すぐ側で、ヒョウ柄のスパッツとBOSSと描かれた紺のTシャツを着たお婆さんが、ボロボロの軍手をはめた手で口に当てたタバコをスーと吸い込んでいる。
「オババ、これどうするよ?」
「あたしが聞いてるんだよボウズ。中に名前やなんか判るものが入ってないのかぇ?」
 煙りを鼻から出しながらオババが言う。財布を開くと[アーク]のメンバーズカードが見えた。
「イズミノ…タゴール…ハカセ!…彼はドクターだよ、凄いねオババ!」
「住所は?あの子酷く殴られてたからねぇ…」
「何で殴られたの彼…あっ」
 50メートル程先の交差点でバンが止まった。
「住所あったかい?」
「いや、直接渡した方が早いよ、追いかけるわオババ」
 ドクタの財布を握って駆け出す。
「そこのギターもあの子のだよ」
 タバコの指す先には、指板部分の長い革ケースがころがっている。
「あれ多分ベースだよオババ、後で取りに来るから預かっといて!」
「しょうがないねぇ、あたしゃ、そこの八百屋だからね」
 家電ビルの向かいに、時代から弾かれた古い八百屋がある。
「サンクス、オババ」
 前方では信号が変わってバンが左に消える。大急ぎで交差点に辿り着くと三車線の真中100メートル程先にバンが見えた。いけるかな、まだ。全力で走る。けれどドンドン離される。他の車に埋もれてバンが見えなくなった時、車の流れが止まった。少し行くと信号にひっかかってるバンが見えてきた。このすきにとスピードを落とさず走り、あと少しまで詰めたところで、三車線に流れが戻った。またみるみる遠ざかる。もう1キロ以上全力疾走してる。呼吸が乱れてきて足を緩めかけた時、ハザードを点滅させたタクシーから着飾った女が降りてきた。いける!力を振絞って距離をつめ、閉まったばかりのドアを叩き、再び開き始めたドアの隙間から中に飛び込む。
「この先を…ハァ…黒いバンが走ってるから…ハァ…追いついて…ハァ…ハァ…ナンバーは…」
 乱れた呼吸でなんとかナンバーを告げる。
「面白そうだねぇ、12年乗ってるけどこういうの初めてよ」
 体を捻って振り返った運転手は嬉しそうに目を輝かせた。

 落日直前の薄暗い街を、ヘッドライトを点けたタクシーは、赤いテールライトをスムーズに抜いてゆく。
 バンは見えない。今、横道に入られたら完全に見失う。運転席と助手席の間に身を乗り出し、過ぎ去る左右の横道を注意深く見てゆく。
「アレだな、白のシビックと黒のセドリックの間に見える追い越し車線のオデッセイ」
確信した声で言い切った運転手の顎が指す先に、黒いバンが見える。
「イヤァ!グッジョブ!」
と運転席のヘッドレストを叩く。
 暫く三車線を走った後、バンは裏道に入り、小さな自動車修理工場へ吸い込まれた。タクシーはその前を通り過ぎて左に曲がり、空き地に停車する。
「15分で戻るから待ってて」
 1万円札を渡しながら言う。
「待つのはいいが、一応名前だけ聞かせてくれるかい?」
「相澤大悟 17歳 フィフスって呼んでチョ」
 運転手に手を振り、ふぃふす…と不器用に繰り返す声を聞きながらタクシーを降りた。
 この空き地は工場の裏手になる。粗大ゴミが散乱し、雑草は生え放題。腰の高さから屋根迄ある、2mx4mくらいの工場の大きな窓からの光が、夕暮れの空き地を片側だけ明るくしている。窓から中をのぞくとコーラ、ポッキー、ポテトチップス等がバラ撒かれたテーブルに三人座っていて、黄色の髪の男が床に倒れたドクタの顔を踏んでいた。
「あら、ほんとに酷いね」
 たしかあそこに…。ゴミの山に刺さった金属バットを取りにいく。バットを肩に担ぐと、窓の5メートル程手前からバットを思いっきり投げる。回転しながら窓に突っ込むバットを追いかける様に走る。ガシャーンという破壊音と共にガラスが砕け散り、直後に響いた女の子の悲鳴を聞きながら大地をキック。ガラスの無くなった大きな窓枠をジャンプで抜けて、工場内のコンクリートで3ステップ、もう一度ジャンプしてドクタの顔を踏む黄色の髪の男の顔に右膝を合わせた。ゴジャッとした感触を抱く膝を倒れてく男の顔から剥がし、左足で着地。
「呼ばれてないけどジャジャジャジャーン!」
 両手をギュニャギュニャしながらそう言うと、
「赤毛君…」
 と、上体を起こしながらドクタは言った。




 作者・和倉さんの自己紹介とプロフィール
posted by 村松恒平 at 02:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 少年少女Got Short Dance | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月26日

少年少女 Got Short Dance

【4】[ドクタII -叫び、リミッター解除- ]
 痛みに堪えながら立ち上がると、財布が浮かんでいました。
「ドクタのでしょ、これ」
 履き込まれた黒いドクターマーチン10ホール、両膝を結ぶベルトが長く垂れている赤いチェックのボンデージパンツ、赤糸でThree Step To Heavenと刺繍された継ぎ接ぎデザインの白いガーゼシャツを着た赤毛君が、鼻血を流して呻く黄色の顔を踏みながら財布を振っています。
「ドクタ?そ、そう僕の、なんで赤毛君が…」
「八王寺でドクタが落としたんだよ、オレはフィフスね」
「あ、僕は泉野博士です」
 財布を受け取りながらお辞儀をすると背中や腰が痛みました。
「イズノヒロシ?イズミノタゴールハカセじゃないの?」
「ハカセじゃなくてヒロシです」
「そうなんだ」
「あの…もう、いいんじゃない?」
「そ?ドクタがいいなら」
 どうやら僕を本名で呼ぶ気は無いみたいです。僕が足下を指すとフィフスは黄色の顔から足を下ろしました。

「お前が早くヤラせねぇから面倒になってんじゃんよ」
「はぁ?なんで紗英のせいになってんの、意味わかんないんだけど」
 テーブルで灰色と綺麗な顔が言い争っています。あの二人は車の中でもヤル、ヤラない、と言っていました。
「ユーレイの友達潰したらヤラせるっつったろ」
「バカじゃんあんた、タケルが情けなくやられたのとどういう関係があるわけ?」
 言葉が終わらない内に灰色はサエを殴りました。サエは吃驚した顔のまま止まっています。
「調子こくなよ、もう遊びは終わりだ。あのガキ片付けたら姦ってやるからな」
 髪を掴まれ乱暴に頭を振られると、灰色をコントロールして余裕に満ちていた綺麗な顔に恐怖が放ろがっていきました。
「あら!見ました奥さん、あの人女の子を」
 戯けた口調で言ったフィフスの顔は全然笑っていません。
「ねぇ、オレ達帰るけどどうする?」
 フィフスがサエに手を振りました。
「ああ?!なめてっと殺すぞガキ」
 サエを蹴り倒した灰色がこちらを睨みます。胸を蹴られ呼吸困難になったサエは床に蹲り喘いでいます。
「聞いた?殺すぞって」
 振り返ったフィフスが恥ずかしそうに笑いました。
「来た、殴られるよフィフス」
「彼は主張をしているんだよドクタ」
「抵抗せずに被害を最小限に抑えた方が良いよ」
「それって自己中。コミュニケートは言語だけではないよドクタ、ボディコンタクトも有効な手段だ」
 笑ったフィフスは突然弾かれた様に僕の横を転がり抜けました。
「てめぇも寝てろインドジン」
 消えたフィフスの後に現れた足は、続けて僕を蹴りつけました。僕は無抵抗に後ろに倒れましたが、頭が床に着く前に止まりました。両手で頭を支えてくれているフィフスが僕を覗き込みます。
「受け身とらないとマジ死んじゃうよ。ハイっ、この人の意思に触れてドクタ」
 フィフスは僕を立たせ、僕の肘を持って顔の前に腕を置きました。
「ぶっ殺す!」
 完全にキレた灰色が攻撃を開始。めちゃくちゃな連打に込められたフィフスへの怒りを僕は必死でガードします。
 終わる気配のない打撃に段々腹が立ってきました。
 …僕はなぜ我慢してるんだ?
「もう、いい加減にしろよ!」
 左脇腹に激痛が走った直後、無意識に僕は叫んでいました。
 その瞬間、右肘を引かれ後退した僕にシンクロして前に出たフィフスの左手が、灰色の拳の内側を滑り上がり、素早い捌きで手首に絡みました。
「女の子とドクタの気持ち受け取ってチョ」
 ノーモーションでフィフスの右足が側頭部に回し入ると、衝撃に痺れた脳を残す様に膝から崩れた灰色が、白目を剥いて失神しました。
「もう殻に閉じ篭っちゃダメだよ」
 僕の手を取ったフィフスが頬をプクッと膨らまします。
「な、なるべく努力するよ」
 こんなに殴られたのは誰の所為だと思いながらも、何故か清々しい気分の僕は繋いだ手をしっかり握りました。

 フィフスに引かれて立ち上がると、車の陰から何かが転がって来ました。先端に火のついた長い紐が、紙テープをグルグルに巻いた小さな蹴鞠の様な玉から伸びています。
 ダイナマイト?!
 バタバタ走る音が聞こえ、太っちょが車の向こうのシャッターを上げて逃げていきました。
「あら、そういえばもう一人居たわね。奥さん伏せてらして」
 また真顔で戯けたフィフスは、ダッシュで拾った玉をオデッセイの跳ね上がった改造マフラーに突っ込んで、蹲っているサエに被さりました。
 直後、ボッと火の粉を散らしてマフラーから飛び出した火球が、割れた窓の向こうの空めざして斜めに駆けあがり、陽の落ちた夏空に金色の花を開きました。

「観た二人とも?」
 尾を引いて落ちる火が完全に消えて煙が風に流れて行くのを見つめていたフィフスは、興奮気味にそう言うとポケットから携帯を出しました。
「ハロウ、キョウちゃん今何処?…花火見えた?オレ様だよん…凄いでしょ!そだ、ドクタ紹介するよ…さっき出逢った…野音?…わかった、スィーユー」
 携帯を切ったフィフスが嬉しそうに叫びます。
「速攻で野音に行くよドクタ!」



 作者・和倉さんの自己紹介とプロフィール
posted by 村松恒平 at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 少年少女Got Short Dance | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月02日

少年少女 Got Short Dance

【5】[キョウ - 世界の向こうで混ざって溶けろ - ]

「飛びそうだった?」
 暗くなった街を野音のある美鷹駅へと向かう快速の、シートの端に沈むヒメはそっと言った。
「飛びたそうだった。てか落ちそうだったよ、ヒメ揺れてた」
 ヒメの横でスティールパイプに凭れて立っている僕は、街の灯が流れていく反対側の窓に浮かぶヒメに答えた。

「幽霊って寂しいね。私、強い方だと思ってたの。小さい頃から両親は殆ど家に居なくて独りでいた。母に甘えると『子供みたいな事しないで』って何度も怒られたの。父も母も子供の私に大人の対応を要求した。嫌われているのよ私。6歳で習わせられた日本舞踊とピアノは、1日も休まずに続けてる。これ以上嫌われたくないから。…あれ、なんでこんな事話してんだろ?」

 僕を見上げたヒメの目は溢れそうな涙で揺れていた。僕は静明川の水に濡れてしまったハンカチを渡した。
「ありがとう」
 呟いた途端に揺らぎが一気に溢れる。
 溢れ流れる涙をハンカチに受け止めながら、仕舞っていたモノを吐き出す様にヒメは話し始めた。

「高1で同じクラスになった紗英とは何でも話せる仲になったの。誰かに必要とされる感覚を初めて感じた。朝、家を出て学校に行くのが楽しかった。2年は別のクラスになったけれど、変わらず一緒にいた。ずっと何十年たっても友達だと思ってた。でも3年の始業式から紗英は私を幽霊にしたの。クラスの皆が廊下、トイレ、裏庭、至る所で私をイジメた。ネットの掲示板には「やらせます」って私の写真と携帯番号もアップされたの」
「それって何か引き金はあるの?」
「…多分、紗英の彼氏を私がふったからだと思う」
「ん?彼氏をとったのなら解るけれど」
「判らないけれど、春休みに携帯で告られて、その次の日に死ねって匿名メールが届いたのね」 
「ふーん、そいつがサエちゃんに何かしたってことか」
「…多分、でも紗英に確認出来る状態じゃないから」
 涙はずっとハンカチに流れている。止まる様子のない涙が静明川と混ざり合う。もう静明川よりもヒメの涙の方が多いだろう。

「世界は広いよ、ヒメ。でもオレ達に見える世界はとても小さいんだ。遥か彼方に見える地平線も、実はたった5キロ先なんだ。オレ達には半径5キロしか見えていない。もう見えないさっきの夕陽も、今頃はモスクワや北京の空を赤く染めていて、それを眺めている人が沢山いるだろう。1時間前迄のヒメの世界にオレは居なかった。でもオレ達は今、未だ見えない野音に向かってる。それは心が気持ち良くなるモノを探しに行くって事だ。意識を変えれば世界は何処迄も広がっていくんだよ。見えない処に大切なモノがある。大丈夫、君は独りじゃない」

 そうなんだ、大切なモノはいつも見えない。でもこの半径5キロの世界の向こうには、沢山の見えないモノが散らばっている。生まれてきた事を後悔する程の悲しみも、死にそうな程笑える楽しみも。

「うーん、何だか本当に小さい世界の中で悩んでる気がしてきた。キョウ、ありがと。学校に行くのは嫌だけど、もう橋の欄干には立たないと思うよ」
 泣き笑いで言ったヒメは、ポケットから赤い飴玉を僕に差し出した。
「ありがと、苺?」
 口に入れると甘ったるい味が広がった。ヒメは飴玉を口に入れるとすぐに噛み砕いた。
「ずっと思ってたんだけどさ、早くね?噛むの」
「これは噛み砕くモノなの!頭蓋骨に響く音は他では出ない音なんだから。色々試した結果この苺飴が一番良い音するの。やってごらん」
「飴玉ジャンキー、ヒメもかなり変人だな。フィフスと合うかもね」
「そうなの?会うの楽しみになってきた」 

 ポケットで鳴った着メロが、車輪の騒音に支配されてた乗客の疎らな車内に響いた。

「Fly Me To The Moon、フィフスね」
「知ってんだコレ。ハロウ、…電車、…居なさそうだ、…で、いつもの様にマナー違反させて迄言いたい事って?…あぁ、行ってから考えようかと…そう、じゃ男女2枚頼むよ、正面ゲートで…」
「何?」
「電車で携帯使うなって怒られた。ヒメこの曲弾ける?」
「フィフスってちゃんとした事言うのね、話を続けるのが不思議だけど。弾けるよ、ジャズもたまに弾くの」
「まじ!じゃ今度合わせようよ、バンドやってんよ、フィフスと」
「バンド!Hysteric Work The OrangeってバンドをTVで観てから興味があるの!コードくらいならギターも弾けるよ私」
「ああ、ヒステリック出るから[Groove Tribe 2008]のチケット買ったんだ。てかギター弾きたいの?」

 電車が大きく揺れた。駅手前のポイントを通過してるらしい。美鷹駅まできたみたいだ。扉が開くと、8月の暑さと車内ファンで殆どシャツの乾いた僕と、溢れる涙は静明川に溶けてすっかり消えたヒメは、並んでホームに降りた。
 
 苺飴は最後迄噛み砕かないことにした。甘ったるいけれどゆっくりと溶かしていこう。もうすぐ見える野音迄は、この甘さに浸っていたい気分なんだ。



 作者・和倉さんの自己紹介とプロフィール
posted by 村松恒平 at 15:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 少年少女Got Short Dance | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。