2007年02月17日

世紀末の女王(マザー) 第五話

 足を踏み込むたびに石くれは動き、砂岩質の石が砕ける。足に蹴られた砂利が体と共に斜面を落ちて行く。強靭な細い脚は、そんな中でも上体をしっかり支え、力強く移動を続ける。
クソッ≠、めき声が思わず、山田博之の口から出る。
祖父を諦められぬ気持ちが博之を発射台に向かわせ、式典会場に忍び込ませた。既に参列者は去り、閑散とした中で、焼け落ちた家の片付けがされていた。博之は気づかれぬように近づいていった。「ちょろいもんだ、遺品の出来上がり」、作業の者が発した言葉、焼けた灰へ骨片と祖父の認識票を投げ落とし混ぜていた所作が、博之の心にわだかまっていた違和感に明確な形を与えた。
全部嘘じゃないか#飼Vは、ほの暗い大洞穴に向かい斜面を駆け下りて行く。
 
 斜面を下り終え息を整える。湿った空気が幾分か喉を潤す。苔があちらこちらに群生し、それらは蛍光を発し薄明の世界が広がっていた。そんな世界を切り裂くように数箇所の裂け目から薄日が差し込んで来る。ここは自然に出来た大洞穴であった。幅数百m、奥行き数kmの大きさがあり、さらに八方に細い洞穴が広がっていたが、全体的に砂岩質が多く、地盤の脆さから開発は断念されていた。科学者はこの地に苔やキノコの菌糸を蒔き、幾種類かの昆虫と動物を放っていた。放牧した動物を誘引源で引き寄せ、集まった動物を捕まえる仕事で博之はこの地を訪れていた。

 『じいちゃん』祖父の顔が浮ぶ。
博之が社会に対する疑念を口にだすと祖父は悲しい顔をした。
俺らは罪を償わなきゃ、ならんのさ。地上で散々悪事をしてた報いだ。それをマザーは救ってくれた。どんなに酷くても、マザーに着いて行くしか道はねえ
祖父は博之の頬を撫でた。
『じいちゃん、騙されていたんだよ。あいつ達、俺らを笑っていたよ』
博之は祖父の行方を問い詰めようと、その作業員が一人になるの待ったが、途中で発見され、逃走して来たのだ。
「きっと、爺ちゃんを助け出すんだ」改めて心に誓い、博之は歩き始めた。
もう少し行くと湧き水あり、喉を潤すことが出来る。この一帯には土地勘があった。博之の足音に驚いたのか小動物が岩陰に逃げ込む。博之は念のため周囲を見回し物音を探る。
『大丈夫だ』 まだ、追手の足音は聞こえなかった。
 
 地面にころがっている大石を、博之は巧みに避けながら走ってゆく。水音が聞こえ、足が速まる。前方には丁度、差し込んだ薄日が湧き水を柔らかに照らし出していた。近寄って見ると湧き水は白銀のように輝き、波紋を広げていた。博之は喉の渇きも忘れ、それをしばし眺める。波紋は向こう側で溢れ、音を立て細い水路となって流れいく。
その水音に別の音が重なる。顔を上げると遠方から小型飛行船が近づいて来る。博之は身を伏せると岩陰に後退する。上部の対落石プレートが薄日を反射させ飛行船は行き過ぎる。
『医療軍め』 船腹には医療軍の赤十字が大きく描かれていた。
飛行船は去り、博之は湧き水の中に乱暴に両手を入れ、水をむさぼり飲む。
記憶が蘇り、顔を上げる。
『鍾乳洞だ、しばらく中に隠れていれば追手も諦めるかもしれない』鍾乳洞はすぐ近くにあった。偶然、博之が発見したが、医療軍には知られていない可能性があった。
 
 鍾乳洞への割れ目に体を潜り込ませると、ひんやりとした冷気が体を包んだ。傍らには水が流れている。立ち上がって暗闇の中を上流へ進む。虫化された目にはぼんやりと視界が開ける。遠くの水音が重なりながら聞こえている。博之はゆっくり歩を進めた。二手に分かれた洞穴を前にして博之は腰を下ろした。右側の洞穴から水が流れて二手に分かれ、一方が左側の洞穴へ流れていた。

 なにげなく掬った水の冷たさが、辛い記憶を蘇らせた。
『あさみ…』 
冷たくなってしまった頬、掌、強く抱きしめると壊れそうな頼りなさに、溢れる感情を声に乗せ、ただ泣くしかなかった。恋人の突然死、それは虫化人間の社会では百人に二人の割合で生じていた。司祭たちは神の招きとして祝福し、来世は人として生まれてくるからと博之を慰めたが、実際は、人に虫の遺伝子を組み込んだ為の弊害であったことを博之は知らない。

 暗闇はまた一つ過去の記憶を浮び上げた。
大好きだった叔父の突然死、それは恋人が亡くなってから一月も経たずに起きた。工事中に突然倒れ、家に運ばれて来た。ヘルメットを被った煤けた顔が、表情をなくし博之に向けられたいた。叔父の妻や子たちが泣きながら遺体にすがっていたのを、立ち尽くし博之は見ていた。大切な人の死の重なりが社会への違和感を生み、それ以来、博之は違う目で社会を見るようになった。
掌から水が流れ落ちる。
そして遅れてやって来た悲しみが、身を突き刺し、博之は背をかがめ両足を抱いた。



 ■■■ 作者から一言 ■■■
今回はかなりの難産でした。
その難産で思い出したのが例の「産む機械」発言です。
どうも作品は閃きから生じるように、そして閃きは天から降りてくるように、
子供もそのようして生まれてくるのではないかと、少し思いを巡らしています。

 ■■■ プロフィール ■■■
気まぐれな双子座、生まじめなA型を持つポスト団塊世代の男性です。
三人娘を持つ父でもあります。
posted by 村松恒平 at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 世紀末の女王(マザー) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/33978764
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。