2006年11月14日

私の×造(チョメゾウ) 「妄執の穴ぼこ石」

玄関まで庭を横切る黒い敷石のひとつには、石鹸置き程度の窪みがあった。蒸し暑い8月の夕方、少年はその傍らにしゃがみ込んで、こぶし大の石を持ってコツコツと「穴ぼこ石」を打っていた。窪みには、潰された毛虫と虹色に光る体液が澱み、手にした石の先には、毛虫の棘や毛が付着していた。
少年は、額から滴る汗を気にも留めずに、跡形もなく毛虫を潰すとすぐ後ろの柿の木を物色して、毛虫の付いた葉をちぎり、器用に石の窪みに落としては、コツコツとやるのだった。

小学2年生の少年は、祖父母の家に泊まりに来ていた。祖父母の家は、少年の自宅から車で1時間弱、仕事で同じ方面に行くという父親のワゴンに便乗したのだった。「明日迎えに来ますんで」と言って、簡単な挨拶だけで、父親は忙しそうに立ち去った。
その日の夕食後、少年は祖父から、イラガの幼虫に刺された痕を見せられた。
少年の祖父は、その毛虫に刺され、あまりの痛さに脚立から落ちて入院した時のことを、こと細かに少年に語った。少年の目は、祖父の醜いチョメゾウから一時も離れることがなかった。

皮膚が弛んで皺の多い祖父の腕は、チョメゾウの部分だけ皮が張って、少年には、そこだけ別の生き物であるかのように思われた。やや赤く盛り上がった部分の頂点には、ケシ粒ほどの瘡蓋が載っていた。少年は、自身の爪でその瘡蓋を剥ぎ取り、そこから血ではない何ものかが、とろりと溢れるのを想像した。

「しまうよ」
祖父が袖を下ろそうとして、少年は慌てて祖父の顔を見た。「これっきりだぞ」という雰囲気を感じ、少年は思わず祖父にせがんだ。
「待って、触らせて」
祖父の返答を待たずに、少年の指は、祖父のチョメゾウに接していた。

祖父の大きなチョメゾウは、緩んだ皮膚のせいで、少年の指の動きに合わせて抵抗無く動いた。少年は、上下左右にチョメゾウを滑らせた。チョメゾウ自体の形は、微塵も変わることが無かった。
少年は、例の瘡蓋を剥ぎ取れば、皮下の本体が皮膚と分離し、チョメゾウがもっと自由に動くことが出来る気がした。そして、手の甲に移動したチョメゾウや、首まで登って鎖骨で一休みするチョメゾウを想像した。
少年の爪が、チョメゾウの瘡蓋にかかり、指の動きが止まった時、祖父が少年の手を掴んだ。
「痛いよ。治らんよう、ちっとも」

その晩少年は、何年ぶりかの寝小便をした。祖父のチョメゾウに興奮して眠れず、夜中に麦茶など飲んだからだ。

翌日少年は、朝の間だけ気を落としていたが、午後からは寝小便のこともチョメゾウのことも、すっかり忘れてしまったように快活さを取り戻していた。
午前は、祖母と買い物に出かけ、暑い盛りには昼寝をし、午後は祖父にくっついて、庭の手入れや池の掃除など手伝った。少年にとっては、すべて遊びだったし、何をやっても面白かった。

陽が傾きかけた頃、仕事着の父親が迎えに来た。
少し疲れて横になっていた少年は、まだ帰りたくないと思う反面、父親の登場で大いにはしゃいだ。
「見て!おじいちゃんのチョメゾウ!」
無礼にも少年は、祖父の袖を勝手にまくって、父親の方へ祖父のチョメゾウを向けた。
「おい、やめろ!」父親は少年を睨み付けた。
少年は、祖父の容認に勢いづいて、なおも父親に同意を求め続けた。「触ったんだよ、すごいでしょ!」
「おい!干してある布団の小便は誰がやった!」
少年の無礼を嗜めるには、あまりにも強烈な大型爆弾であった。
「いくつだ、何年生だ、何で今頃やらかした?え。」少年は、何を聞かれても答えようが無かった。
「ああ、水を遣る時間だ。頼んでいいかな」
身動き出来ずにいた少年は、祖父の助け舟によって、苛立つ父親の詰問を逃れることが出来た。

少年は、昼の熱気を残す庭先に出て、好き勝手に水撒き用ホースを振り回したが、少しも楽しめなかった。
…なんで布団、隠してくれなかったんだ…なんであんなに怒るんだ…なんで今日帰るんだ…なんでチョメゾウの…

少年が顔を上げると、祖父がイラガの幼虫に刺された柿の木があった。少年は、割と近い、手の届く葉の裏に、紫の刺青を背負った、毒々しい毛虫が動くのを発見した。
…おまえのせいだ。

そう思った途端、少年は足元の「穴ぼこ石」の窪みに溜まった土を蹴りだして、イラガの幼虫を柿の葉ごと引きちぎり、そこに振り落とした。
少年は、こぶし大の石を持ってきて、傍らにしゃがんで、幼虫に載せた。
あえなく潰れた幼虫から膿のような液体が飛び出て、少年は、祖父のチョメゾウの中身を想像した。さらに少年は、毛虫らしさの残る部分に、悉く石を打ちつけ、「穴ぼこ石」の窪みの残滓に唾を落した。
なおも湧出する唾液を飲んで少年は、父親のことや寝小便のことなどすっかり忘れ、満面嬉々として、次なる獲物を探すのであった。



 ■■■ 作者から一言 ■■■
酒も女もギャンブルも、ほとんど縁のない私は、仕事が終わればまっすぐ家に帰ります。土日もきまって×造(チョメゾウ)と、48時間一緒です。何が大事って、仕事でもなくお金でもなく、私にとっては×造(チョメゾウ)こそすべてと思えます。
でも心底そう思えるということに、漠然とした疑念もあり、だからこそ「×造(チョメゾウ)こそすべて」の根拠を明確にしたいと常々考えています。
×造(チョメゾウ)がなければ今の私はないと思ます。でも、もし×造(チョメゾウ)がなかったら、今頃どんなかな?という想像は、とても楽しかったりするのです。

 ■■■ プロフィール ■■■
中学生のときは長州力になりたくて(アマチュアレスリング部)、高校生のときは滝沢先生に涙して(ラグビー部)、大学夜間部で60年代に憧れて(ワンダーフォーゲル部)。。。そんなもんだから、今は社会人だけど世の中のことが全く分からず、職を転々(専門学校で公文の採点、医療器具メーカーでピアッサー販売、携帯電話販売、リサイクルトナー販売、パソコン等販売、なんちゃってSE客先常駐、その他諸々)。。。未だに世間様に弄ばれております。
今度は何しようかな。
posted by 村松恒平 at 02:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の×造(チョメゾウ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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