電車のドアの端、座席とドアの交差するところを私は「角部屋」と呼んで座れない場合はそこに立つことにしている、ところが発車ベルが鳴ってから目の前に駆け込む人が多くてとても気になる。ギリギリで飛び込むサラリーマン、ドアにはさまれるおばさん、指先だけ差し入れてグイグイ力まかせにこじ開ける若者・・・。
入った後には必ず「駆け込み乗車は大変危険ですのでお止めください」とアナウンスがあるのだが、たいていはあたりをきょろきょろして自分ではないと言うようなそぶりをする。その鉄面皮な様子を見るたびに私はムラムラと怒りがわいてきて、なんとかしなくてはいけないと考えるのだった。
そしていろいろ考えた末に、ドアの両側に鋭利な刃物を取り付けるというアイデアが沸いて来た。そうすれば駆け込み乗車は命がけになって「駆け込み防止」は徹底されるに違いない。
その場合に困ることは、なんと言っても、(多少の血しぶきは我慢できたとしても)切り離された頭がごろごろ車両の中を転がってゆっくり眠むることができないことである。ジュースの空缶が転がる音だって嫌なのだから、目をむき出した頭が車両の中を動いていては全然落ち着けないと思うのである。
そう考えると、それを避けるため方策としてドアの下部に猫が出入りするような小さな戸をつけて、近くの人が蹴飛ばして車外へ出すのが良いアイデアだと思う。
駆け込み乗車の時間帯にはたいてい誰か立っているのでその人がポーンと蹴りだすのである。ホームにも頭と右上半身を切り取られた残りがぴくぴく蠕動しながら残っているので、それはホームにいる人が線路に蹴り出す事で解決する。ただそうすると線路の中には結構な量の肉片が投げ込まれることになるので、線路の端にはそういった汚物が流れてゆく水路が必要になるだろう。
いや、待てよ。これだけの施設を充実させたとしても、どろどろの血がべっとりワイシャツに付いて洗濯しても取れなかったり、夏場に嫌な匂いが充満するとなると、ドアに刃物をつけることへの賛同はなかなか得られないかもしれない。
その解決にもかなり悩んだのだが、血 そのものの性質を変える必要がありそうだ。つまり今の我々の血とは違って、消毒用アルコールみたいに揮発性が高くて、体や服にかかってもあまり影響のない代物にするのだ。これだったら、吹き出す血が服にかかったとしてもさほど気にならないだろう。いやほんのりシトラスの香りなどがするようにすると、むしろ人気が出るのではないだろうか。
と、ここまで考えてきたら大切なことが抜けていることに気づいた。それは死んだ人を思う気持ちの問題だ。我々でも、おそらく3人に2人までは身内の人間が亡くなったら大きく悲しむに違いない。そんな人たちが大挙して駅のホームに押しかけてきてワンワン泣いてたりすると、これはこれでちょっと五月蝿くてやりきれない。下手をすると今までせっかく考えてきたことが無駄になりかねない事態だ。
うーんどうしたものだろう、解決策をいろいろ考えてみたのだが、これが難しい。お腹いっぱいご飯を食べても思いつかず、結局のところ我々と考え方が違うとする他ないようだ。
我々は普通”死”を大きな変節点としてとらえている。死んだ人にも生きていた頃と同じような思いを持ち続けて絶対に戻ってこないと判っていても、もう一度こちらの世界に戻ってきて欲しいと願うことが多い。(亡くなった人によっては絶対戻ってきて欲しくないと願う事もあるが・・・)つまり、未練があるのである。
ここからが大切なのだが、彼らの考えは違うのだ。未練など一切ない。生きている時は、仲良く付き合うのだが、亡くなってしまうとその瞬間に相手を忘れてしまうのだ、まさにきれいさっぱりと忘れてしまうのである。さっきまで仲良く話合っていた相手が、目の前で事故など起こして死んでしまうと「ああ、死んじゃったんだ」とそれだけで終わりになってしまうのである。
今の基準では”冷たい”と思うかもしれないが、そうでなければ噺は進まないのだから仕方ない。そういう風に考える彼らの宗派が何かは判らないけれど、生きている間だけを大切にする思想と言うことははっきりしている。有限の世界に生まれたからにはその関係も有限なのだ、と彼らの祖先の偉い人が言ったに違いない
さあ、これで準備は整った。 まったく違う価値観をもった社会が我々の前に開かれたのだ。
電車のドアには、ムラマサの妖刀が、ばっちりと取り付けられ、開閉のたびにカチャカチャと金属質の乾いた音を響かせながら、我々を待ち構えている。
つづく
■■■ 作者から一言 ■■■
朝はいつもボーとしていて、緩んだ螺子でガタガタになった頭蓋骨の中で揺れに揺らされて、しびれた脳みそに任せているとろくなことは考えつきません。今回の話も満員電車の中で死にそうになりながら考えたお話です。テーマは純愛のつもりなのですが、本当に純愛か!?と先行き不安です。今回は、次の展開のための導入部として新しい価値観 死生観を表したつもりなのですが いやはやどうなることやら。怖いのは、ふと我に戻ると、こういうことを真剣に考えている自分がいると言うことです。
■■■ プロフィール ■■■
先日、台所に腐敗臭が充満していました。床下に猫の死骸でもあるのでないかと一日困っていたのですが、夕方ふと炊飯器の蓋を開けると、そこのは先一昨日焚いたご飯がマグマの様にどろどろしていました。
学生や20代の若者なら武勇伝でしょうが、齢50に近づきつつある社会人がこれで良いのか!?真剣に悩む今日この頃です。
2006年09月29日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/24634543
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。
この記事へのトラックバック
http://blog.seesaa.jp/tb/24634543
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。
この記事へのトラックバック



