2006年07月31日

世紀末の女王(マザー)第二話

山田の言葉は群集の胸に強く響き、拍手は大きなうねりとなり
帰ってきた。
「素晴らしいですねえ」
男の祭司は軽妙に彼らの渦に後乗りし、拍手を添えた。
「山田さんの言葉は我々を強く揺さぶりました。必ずや皆さんも後に続け
る事と信じます。どうですか、皆さん!?」拍手はまた大きくなった。
「しかし、私は更に問わなければなりません。山田さんが旅立つにあたり、
全ての思いを皆さんに伝えられたのか、心残りはないのかを」
「それが私の務めとなります」

 「さあ、山田さん、お尋ねします」
「行きますよー ファイナル! ワーズ!?」祭司は片手を上方に突き出
した。太鼓が小刻みに鳴り響き、最後の音を打つと会場に静寂が訪れた。
”ファ、ファイナル ワーズ!” 山田は強張りながらも答えた。
「ファイナル! ワーズ!!」司祭は両腕を大きく掲げ、聴衆の歓声を
浴びる。同時に、ログハウスの装飾灯が一斉に点き「おめでとう」の文字
が燈されると、死の扉が開いた。
そして、次にドアが閉ざされると、ドアと内壁を覆った金属網に高圧電流
が流れ、再び出る事は不可能になる。

 「それでは山田さんに聖火の家に入っていだたきましょう。」
山田は聴衆に深々と礼をする。礼をしたまま動けなくなった山田に2人の
祭司が寄り添い、ログハウスに向う。口々に聴衆は言葉を掛け、会場に引
きつった音声が満ちる。泣き出す者、飛び跳ねる者、座り込んでしまう者、
それぞれの思いを込めて彼を見送る。 そして、ドアは閉ざされた。

 「さあ、皆さん、ご唱和、お願いします」
「3、2、1、 ファイヤー!」
2の時点で押されたスイッチで、屋根に取り付けられた多くの容器の底が
開き、大量の燃料が流れ落ち、装飾灯を次々とショートさせ引火する。一瞬
にして火柱が立ち、ログハウスを呑み込んだ。炎は明々と会場を照らし、
群集の一人一人の姿を浮かび上げた。大きめの顎、細めの強靭な腕、硬質の
茶の表皮。人間の原形を留めながらも、キチン質の表皮を炎で鈍く反射させ
て踊る彼らは、虫のように見えた。

 ログハウス内で山田は鏡を見ていた。鏡の中の顔を眺めながら思いに耽る。
『上出来の人生だった。皆に送られ、俺は幸せ者だ・・』
『第七孔・・難しい工事だった。邦男と昌徳が死んだ・・俺は何とか落盤
から掘り起こされた』次々と過去の出来事が浮かび上がってくる。
突然、揺り戻しが心に生じ、確信が崩れ、疑問が淀みとなって心に滞る。
『俺は自分の思いを述べたのかな。怖いぐらいうまく話せたが、今となる
と自分の言葉じゃなかったような・・』

 燃焼音が響きハウスが揺れた。焦げた匂いが煙と共に山田へと漂ってくる。
突然、床の一部が下に開き、三名の男が現われた。あっけに取られている
山田に次々と麻酔弾を打ち込んだ。男たちは医療軍の兵士であった。
防火服を着た兵士達はすばやく山田の体を地下に運び入れた。

 ログハウスは炎上していた。丸太と言っても、孔内の二酸化炭素を軽減
する為に植えられた羊歯植物を粉砕した物で、乾燥し軽く圧縮して作られて
いた。本来はキノコの菌床となる物で火の廻りは速かった。
ハウスの延焼に合わせ、太鼓は高鳴り、群集は踊った。突然、ハウスが崩れ、
炎が大きく揺らめいた。炎は次第に翼の形となり、羽ばたくと群集の心は
黄金の時の中にあった。懐旧の涙がこぼれ、その涙の中に天使の顔が浮かぶ。
天使は微笑むと再び羽ばたき、地表へとゆっくり昇っていった。
”マザー” 次々と叫び声が上がり、群集は慟哭した。

 篠田 快は泣き崩れている群集をディスプレイで眺めていた。
ポジティブ数、エモーション数とも高く、群集の同調、興奮の高さを示して
いた。篠田は技術者層であり、最下層の労働層とは違い、外観上、虫化は
されていなかった。彼はこの式典のディレクターの一人で、この式典の構成
を任され、聴衆の反応を観察していた。群集の音声は分析機を通り、瞬時に
デジタル標示されていた。抽出された一人一人の映像も分析され、短時間で
表になって、後程、篠田に届けられる。 
『いい数字が出た』 会議での反応を予想して、自然と笑みがこぼれた。

 連絡が入り、山田の生体が保存カプセルに収容された事が告げられた。
『これで、俺の同類がまた出来るわけか』山田のあっけにとられた顔が浮か
び、篠田は笑いを浮かべた。その笑いは篠田内に潜む虫の要素へも向けられ
ていた。山田のように60年間を全うした虫化人間の遺伝子が取り込まれ、
篠田は誕生したのだった。



 ■■■ 作者から一言 ■■■
 生きて行く事に、本来、良し悪しはありません。生きる為に他の命を喰
らい、居住の為一つの場所を占有する。これは決して悪じゃありません。
ただ、やっかいなのは、人は社会の中で生きて行かなければならないとい
う事です。まともな社会ならば、出来るだけ人と人とが衝突しないで済む
ように、交通整理が図られています。それと反対なのが、人と人とが
ぶつからないと生きて行けない、「自由」が賞賛される社会です。 
 今回はそんな中でも最悪な社会を書いてみました。この社会では一部の
人が生きて行く道に、大勢の人々が敷き詰められています。こんな社会に
生まれてしまったら、人はどうして生きていったらいいのでしょうか。

 ■■■ プロフィール ■■■
 気まぐれな双子座、生まじめなA型を持つポスト団塊世代の男性です。
大学入学時には学生運動は終焉していたという、遅れて来た世代です。
価値観は70年代の理想主義を引き継ぎながら、運動に加わった団塊の世代
の多くが、社会にあっさり取り込まれて行く様を、見ていた世代です。
心の底で燻らせながら、子育てもどうにか終えました。
燃え残ったエネルギーを持て余していたところ、村松先生に出会い、
創作に目覚めました。


posted by 村松恒平 at 16:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 世紀末の女王(マザー) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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