2006年07月12日

世紀末の女王(マザー)第一話

 地上に繋がる発射孔が開かれ、地表の暴風が地下構内の空気を吸い上げた。その
音に式典の始まりを感じ、薄暗い構内にどよめきの声が湧き上がる。八方の和太鼓
が単調なリズムを打ち始め、かがり火が揺らめく。地を踏む足音が一つ、二つと太
鼓に重なり始め、やがては群集全てが地を踏み鳴らす。太鼓はうねるように間隔を
縮め、乱打されると、彼らは飛び跳ね、叫びを上げては踊り廻る。
 突然、太鼓は止み、白色のスポットライトが祭司たちを照らし出した。同時に、
壁面の巨大なスクリーンがその映像を映し出す。

 「コン、グラッジュ!レイ!!ショーンス」
男の祭司がオーバーアクションで叫ぶ。群集は大きな歓声で答えた。
「今日のよき日を迎えられて、我々は最高に幸せでーす。マザーに感謝を!
皆さん、拍手!!」 それに応じて拍手の渦が巻き起こる。
祭司は腰を突き出し、片腕を大きく振り回し、拍手を煽る。やがては腕を止め両腕
で拍手を強く押し留める。制止を求める司祭の姿を、下からのブルーのライトが浮
かび上げる。

 拍手が鳴り止み、静寂が訪れ、地上へ向う風音だけが聞こえる中で、女の祭司が
ゆったりした声で話す。
「我々は地上で数々の罪を犯しました。食を貪り、肉欲に溺れ、他人と諍い、動物
を殺し、植物を枯らし、地を汚しました。父なる神は大層、お怒りになり、我々を
滅ぼす決意をされました。マザーはそのような我々を哀れみ神に許しを請いました。
神は七ヶ月の猶予をマザーに与えました。マザーは地下にシェルターを建設し、選
ばれた人間と幾種類かの動物を住まわせました。その後、神は巨大な嵐を起こされ、
暴風と洪水で地上の者達全てを滅ぼしました。また、地下に生き残った者たちの多
くにも罰を下され、その姿を変化させました。おぞましい姿となった者たちを悲し
み、マザーは神に更なる機会を求められました。慈悲深き神はこの地に祝福をくだ
さり、新たなチャンスを我々に与えました」
 
 「さあー皆さん、そのチャンスを見事に掴んだ方を紹介します。山田郁夫さん
その人です。山田さん、どーぞ」 絶妙な間を捉え男の祭司が叫ぶ。
中央の発射台の上に作られたログハウスの扉が開かれ、男が一人、胸を張り重々
しく歩み出る。
「皆さん、盛大な拍手を!!」 
拍手に迎えられ、誇らしげに男は首を何度もかしげ、手を擦る。
それを巨大な画面が映し出す。

「さあ、山田さん、その黄金の席へお座りください」
山田が座ったのを見計らい、祭司が質問を始める。
「どうです?座り心地は」
"いい、至極いいです・・" 耳ざわりな声が響く。
「お母ちゃんの胸の中よりいいですか?山田さん」
”えっ、はあ・・”
「皆さん、お母ちゃんのも、大層いいようですよ」
どっと笑い声が湧き、祭司の顔に満足の色が浮かぶ。

「山田さんは60年の長きに渡り、懸命に働かれました。この危険に満ちた地下世界
平均寿命が33歳という過酷な環境で生き長らえ、見事に試練を乗り越えました。
そんな男の中の男、山田さん。お母ちゃんは何と言って、送り出してくれましたか」
”妻は長い間、ご苦労様でしたと言いました。畑仕事で荒れた手で私の肩をさすりま
した。私も妻の背をさすりながら、お前のお陰で頑張る事ができたと言いました”
「実にいい話ですね、どうですか?皆さん」 拍手が起こる。

「ご家族の事も聞かせてください。」
”現在、息子が2人と娘が2人います。5年前、息子を1人亡くしました。
孫は23人います”
「そうですか、お子さんを亡くされているのですね」
”ええ、先に子供に逝かれるのは辛いです”
「でもお孫さんに恵まれていますね」
”そうです、孫達は可愛いです。孫達に囲まれると元気が出ます”
「皆さん、山田さんに、もう一度、盛大な拍手を」

 拍手が鳴り止むと女の祭司が話を続ける。
「神はこの地で定められた期間を懸命に働き、聖火による救済を受ければ、次の世に
は元の人間の姿で生まれ変われる事を約束されました。そして、人間となりマザーの
導きを受けて、懸命に働き、生をまっとうすれば、再び楽園に迎えられ、永遠の生が
与えられると」

 「さあ、山田さん、聖火による救済の時が近づいてきました。別室にいらっしゃ
るご家族、そして、ここに立会う同教の友たちに残す言葉を仰ってください。」
男の祭司が叫ぶ。
”皆さん、そして妻よ、子供達、孫達よ。私は精一杯、生きる事ができた。それは
貴方たち、全てのお陰だ。貴方たちの1人1人の支えが、私を生かしてくれた。
その事は死んでも忘れない。今日見るサウス孔のなんと美しいことか。
あくまでも黒く沈み込み、その質量は私を圧している。あまりにも圧倒的だ。
旅立つ日を迎えて、私は・・・”
感極まった山田に群集の拍手が沸き起こる。

”皆さんの全てが、後に続くのを信じています。マザーに感謝を!!”



 ■■■ 作者から一言 ■■■
 生きて行く事に、本来、良し悪しはありません。生きる為に他の命を喰
らい、居住の為一つの場所を占有する。これは断じて悪じゃありません。
ただ、やっかいなのは人は社会の中で生きて行かなければならないという
事です。まともな社会ならば、出来るだけ、人と人とが衝突しないで済む
ように、交通整理が図られています。それと反対なのが、人と人とがぶつ
からないと生きて行けない社会です。 
 今回はそんな中でも最悪な社会を書いてみました。この社会では一部の
人が生きて行く道に、大勢の人々が敷き詰められています。こんな社会に
生まれてしまったら、人はどうして生きていったらいいのでしょう。
posted by 村松恒平 at 00:01| Comment(2) | TrackBack(2) | 世紀末の女王(マザー) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 
 いつもは未完成な作品が点在するページにて作品を批評しているので、完成度の高い作品に対しての批評に少し戸惑いを感じますね。いやしかし、なんとか書いてみますよ!

 SF作品の序章を読んでいるような、物語の壮大な奥行きを感じます。
『このあとどんな登場人物が出て来て、さてどんな展開が待っているんだろう!』
そんな妄想に強く駆られました。

 よく、短いショート作品には、
「詰め込みすぎ」
が多かれ少なかれあるはずなのですが、この作品にはそういった無理が一切感じられません。それはテーマにしっかりとした軸が入っているからでしょう。
 もしこれが長編SFの序章であったなら、「救済」シーンの描写で、滑稽さや愚かしさを表現するのも面白いかもしれません。しかし、これはショートとして完結していますので、やはりこの切り方が絶妙に感じられます。この切り口によって、作品に奥行きが出ているのでしょう。

 全体を通してみると、物書きとして熟練しているな、という印象を受けました。
これはいい意味でもあり、また悪い意味でもあるのかもしれません。(さらには、絶妙な編集によってそう感じられた可能性もあります)

 あなたは、
「こんな社会に生まれてしまったら、ひとはどうして生きていったらいいのでしょう。」と最後に聞いています。
しかし、すでにあなたの中では何らかの答えが出ているのでは? なんだか、そんな感じがしました。

では、この辺で。またどこかでお会いしましょう。



Posted by ricecat at 2006年07月21日 04:30
ricecatさん、初めまして、マグナジオです。

 高い評価を頂き、ありがとうございました。大変喜んでおります。
この作品は当初、六話の連作を予定していました。
本来書かれるべき大きな物語世界を六つの断面で切り取り、欠けた環を
読者の皆さんにイマジネーションで補って頂くという趣向でした。

 処が、編集者との遣り取りの中で設定が精査され、積み重ねられていく
内に作者の心にその設定をより具体的に表現したい意欲が湧いてきました。
ricecatさんが想像の中で完結された物語世界をよい意味で裏切り、いかに
生き生きとした世界を作れるか、作家性が問われプレッシャーを感じて
おります。

また、「こんな社会に生まれてしまったら、ひとはどうして生きていったらい
いのでしょう。」という問いかけは物語に強いベクトルを生み始めています。
これは作者も予期せぬ事でした。登場人物が問いあるいは問われ、物語の進行
に強い影響を与えていくと思います。

 ともすればはやる心を、村松先生には「書き急ぎ、平板な物語してしまわぬ
ように」と手綱を引き締められております。かなり長い物語になると思いますが、
最後までお付き合い頂ければ幸いです。
Posted by マグナジオ at 2006年07月22日 04:31
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