2008年01月27日

世紀末の女王(マザー) 第六話

 泰司は岩に腰を下ろし、見るとも無く縦穴を見下ろしていた。
縦穴へは大洞窟内の空気が吹き込み、医療軍の制帽からわずかに出ていた前髪を
なびかせている。
また、大洞窟のひび割れた天井からは、弱い光が線となって泰司の近くに
差し込んでいた。
それは、まるで泰司を空間ごと切り取り時間の流れを止めてしまったかのようで、
泰司の想いは過去に向かっている。
スローモーションで三名の少年が穴の中を転落していく。
過去何度となく見た、その映像に、泰司は心の奥底で叫ぶ。
それでも、12年の年月は泰司に取り乱さないだけの安定をもたらしている。

 無線機の着信音が追憶を破る。
泰司はすばやく気持ちを切り替える。
『任務は完璧に果たす』 心に誓う。
「こちら飛行船本部。他の分隊、未だ発見なし。
隊長のポイントに現れる可能性、大。 ご注意を」副長の栗山が笑う。
「了解、それは楽しみだ」 泰司は答える。
逃走した山田博之の捜索に医療軍は20名を投入していた。
十数キロ平米の大洞窟内の八箇所を泰司は選び出し、捜索隊を投入した。
泰司以外の七箇所にはそれぞれ二名を配し、残り5名が飛行船に乗り込み
大洞窟内を往復している。
泰司の単独行動は絶対的な格闘力の自負心から、隊長権限で決定し、
隊員にも異論はなかった。

 『あの村に行き着けるかもしれない』
鍾乳洞内を巡り歩いていた博之は、奥の知れない横穴を見つけた。
博之の脳裏には、居住地で囁かれていた「村」の存在が浮んでいた。
その村に行けば、厳しい労働から解放され安らかに生きる事ができる。
その村を博之も密かに憧れていた。そして、今追い詰められた博之には、
その村しか逃げ先はなくなっていた。
『村で一端落ち着き、機を見て爺ちゃんを助け出そう』
博之は横穴の中で歩を進める。

 強い風が縦穴に吹き込み、泰司の意識は再び穴の中に向かった。
12年前、泰司は医療幼年隊の卒業ミッションとして一隊十名を率いていた。
大洞窟内に隠された隊旗を見つけ出し、速やかに帰還を果たすという指令だった。
この縦穴捜索時に隊員全体で穴に下りたいという強い要望に泰司は押し切られた。
通常なら、泰司は適性のある隊員を選別して、捜索させたはずであった。
しかし、卒業を迎かえ、各隊員は試練を乗り越えることに、強い意義を
感じていたのだった。
そして、一時の妥協が悲劇を招いた。
未熟な一隊員が足を滑らせ、二名をも巻き込み落下した。
三名は、激流の音が鳴り響く暗い穴底に、飲み込まれていった。
彼等は二度と戻っては来なかった。そして5年後には死亡が宣告された。

 目前がわずかに明るくなるとともに、川の音が強くなった。
博之の歩が早まる。
五メートル下の穴底には強い水の流れがあり、上方十メートルには一段と
明るさがあった。どうやら縦穴は終わっているようだった。
『登ろう』 博之の心には村への期待が高まった。

 泰司は懸命に叫び声を押し戻していた。
川に飲み込まれてしまった少年が、亡霊となって縦穴を登って来る。
泰司は思わず穴から引き下がる。
その時、肘に無線機が触れ、わずかに冷静さを取り戻す。
努力を振り絞り、穴の中を再び覗く。
『バグだ』
博之は無線に「緊急…… 発見」と小声で告げ、着信音をバイブモードにした。

 縦穴を登り切り、虫化された博之の両の手が、縦穴の縁を強く掴んだ。
続けて、体を引き寄せ持ち上げれば、博之の上体は縦穴から乗り出す。
    
 まさに、そのタイミングを狙って、泰司は攻撃に出た。
頭部そして肩、手首を何度か鋭く蹴った。
バグの落ちまいとする意識が、泰司への攻撃と防御を控えさせている。
バグを穴下に墜落させる意図は、元より泰司には無かった。
バグが落下に気をとられている間に、出来るだけ相手の筋力と気力を
殺いで置きたかった。
そして、山田博之を落下させるかもしれないリスクを敢えて選び、
泰司自身の過去を克服したかったのだ。

 地表へ出ようとする度に打撃を受け、博之はあがいていた。
足を滑らせ、ずり落ち、そこで一呼吸をつき、ようやく冷静さを取り戻した。
落ちた瞬間に、兵士の顔に走った動揺が博之には気になっていた。
『どうやら、俺を突き落とす気はないらしい…… ならば 』
呼吸を整え、一気に地表によじ登った。その間、何度か打撃は襲ってきたが、
予期した打撃は耐えられ、博之は登る事に集中できた。

 地表に出た瞬間、バグの大きな横払いが来て、泰司は飛びのいた。
バグの赤らんだ顔からは激しい怒りが伝わってくる。
泰司には自然と笑みが浮ぶ、『さて、どうして捕まえてやろうか』
バグは手首を鎌のようにして、腕を振り落として来る。
虫化人間の強い筋力を考えれば、あたれば肉は削がれ、
骨はへし折られてしまうだろう。
風切り音を掻い潜り、泰司は退く。もう少し下がると、やや広めの平地がある。
『そこで、捕まえる』

 『落ち着け、落ち着け』博之は心に言い聞かせた。
怒りで攻撃が単調になっている。兵士は攻撃を見切ったかのように、
避ける距離を縮めている。
『よし、このまま単調でいき、慣れきった所で一気にトドメを刺す』
数度、同じパターンの攻撃を加え、反転、一機に間合いを詰め、横殴る。
兵士は避けきれない。充分な打撃が確信できた。

 「ギャルルルー」 叫び声を上げたのは博之の方だった。
強い痛みの後、右上腕が痺れている。
兵士はいつのまにか黒い電撃棒を両の手にひとつひとつ握っていた。
それを博之に翳すと、間合いを詰めた。
電撃が両肩を襲い、両腕が垂れる。『力が入らない』
一端、飛びのいて様子を伺っていた兵士が、また迫ってくる。
後は蹴りで兵士を牽制するしか、博之には術がなくなってしまった。

 「くそ、爺ちゃんを返せ、医療軍め!
全部知っているぞ、何もかにも。爺ちゃんは生きている」
兵士が退くのをやめ、立ち止まる。

 「馬鹿だな、お前は。そんな事を言えば一族すべてを逮捕、隔離だ。
お前が口走った事は、そのくらい重大な機密なのだぞ」
驚きで身を固くした博之の頭に父母や妹の顔が浮ぶ。
『どうする? どうしたらいいんだ』

 「俺は何も知らない、何も知らないんだ」
目に止まった石くれを兵士の顔めがけて、蹴り上げ、続けて兵士にとび蹴りをする。
身を低め、危うく避けた兵士を飛び越し、反転、後方から蹴りを入れる。
兵士は転がり、蹴りを避ける。博之は兵士を見据え、今度は縦穴へ走る。
「俺は何も知らないんだ」 兵士に向かって叫ぶと博之は縦穴の中へ飛び込んだ。

 悲鳴が消えて、泰司が縦穴を覗き込んだ時には、暗い穴底からは川の水音が
聞こえるだけで、何の物音も聞こえなかった。



 作者・マグナジオさんの自己紹介とプロフィール
posted by 村松恒平 at 11:11| Comment(26) | TrackBack(0) | 世紀末の女王(マザー) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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