2007年01月13日

妄想だけは電車の中ですくすく育つ 駆込み乗車 その2

 田中洋一君は新婚であった。新婚と言っても6ヶ月を過ぎようとしているのだからアツアツと言うには微妙な時期である。午前様でも堂々と手ぶらで帰るけど、休みの日には、手を握りながらお散歩をすると言うくらいの関係である。

 その日は、重要な会議がお客さんのオフィスであるというのに妙に間が悪くて、会社を出ようとすると部長に捕まり、バスはギリギリで乗り遅れ、電車は信号故障に引っかかってしまった。そんなこんなで約束の時間15:00に15分も遅刻してしまった。駅で待ち合わせしていた福山からすごい文句を言われながら駅の階段を駆け上るはめになってしまった。
 これ以上開けないほど足を広げて階段を上り、息を切らせて、ホームに上がったときは、目の前に停車している電車に最後の人が吸い込まれようとしていた。「ヤベー!ダッシュだ」二人は大慌てでドアに走って行き電車に飛び込んだ。福山は先に飛び込み、田中君も運動神経は良い方なので、ジャンプして間一髪間に合うはずであった。ところが彼の持っていたカバンが始発を待っていた人の背中にぶつかり右手がホームに残った。
 瞬間 ドアが閉まった。ざくざくざくという肉を切る音とゴキっと言う骨が砕ける鈍い音が田中君の耳に届いた。

「洋一大丈夫かよ」福山が覗き込む。
「ウーン大丈夫じゃないみたいだ」と、うめき声に近い声で田中君が答える。
「あれ?お前右手は」
「さっき、もって行かれちゃたみたいだ」
田中君は左手で肩を押さえているが、指の間から血がどくどくと流れている。右半身は肩のところから切られてなくなっており白い肩甲骨がむき出しに現れていた。彼らは血の固まりが早いのでしばらくすると出血はかなり収まってきたがそれでも右肩の殆どをやられていたのでかなりの量の出血だ。
「次の駅で病院にいったほうが良いんじゃないか。」
「ああ、そうだなぁ、悪いけど頼むよ」

 彼らの世界にも病院はあるのである。生きている限りは尊重されるし、治療する機関はあることはあるのだ。ただ病院と言っても、我々のところの様に延命だけが目的でなくて、純粋に医学的な目的もあるので治療薬も研究中の薬を与えてみたりしている。それで亡くなっても「あーあ失敗しちゃったぁ」ですむ世界なのである。もちろん、しつこいようだが、彼らの中に不純な気持ちで治療をするものはいない。医学の進歩のため良かれと思ってのことなのだ。

「福山・・・」田中君が情けない声になってつぶやいた
「お!どうした保険証忘れたのか」
「やっぱ、次の駅まで持たんわ・・・」そういうと田中君はずるずるとその場に崩れていった・・・
「何だ、死んじゃったよ・・・やべぇなぁ俺がプレゼンすんのかよぉ、引継ぎだけでもしときゃよかったなぁ」福山は足元の田中君をじっと見つめていた。

電車が 渋谷に着いた。ドアが開いたので福山は田中君の体を足で車外に押し出した。
田中君の体はゆっくりと1回転して水路にポチャンと落ちた。

死んでしまった人を水路へ放り出しておく、ありきたりの光景である。ところが、いつもと大きく違っていたことがあった。水に落ちた衝撃で田中君は意識を取り戻してしまったのである。
「あれ、俺まだ死んでなかったんだ。変なの」
 普通は片腕を切られて一駅そのままだったら大抵死んでしまうのである。だから福山が田中君を用水路へ落としたのは彼らの行動としては特に間違ってなかったのだ。どうやら田中君の心臓は、普通の人より強かったようである。
「そうだ、今日は美佐子の誕生日だったんだ。」
「今日は私の誕生日だから早く帰って来てね。」笑って送り出してくれた美佐子のえくぼが脳裏に浮かんだ。
「お祝いのネッカチーフ渡せなかったなぁ」とだんだん意識が遠くなってきた。

瀕死の田中君の体は水路に横たわったまま、ゆっくりと処理場へと流れて行くのであった。




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