2006年12月04日

ジブラルタルの霧 2

 やっと来たバスの中で、野村は彼と並んで一番前の席に座った。フロントガラスから見えるジブラルダルの景色が気になった。しかし彼が野村の目を見て真剣な表情で話しかけてくる。こちらもまじめに話を聞かないわけにはいかない。良い英語の勉強にもなると思って、野村は彼の英語に集中して耳をかたむけた。
 彼の名前はデイビットと言った。彼の青みがかかったグレイの瞳は、飛行機から見た地中海のようだった。
 野村が1度「PLEASE SPEAK SLOWLY(もっとゆっくり喋ってください)」と言った後は、多少、ゆっくり話してくれたので、野村も話が見えて来た。デイビットが言っている事は、たぶんこんな内容だ。

 地球の地下にはシャンバラと言う地下帝国があり、そこには地上の世界が世紀末を迎えた時に、選ばれた人だけがいけるらしい。彼の推測では、地球環境は21世紀中に取り返しのつかない事になり、砂漠化と大洪水で多くの人が死ぬ。現在世界を支配している大金持ち達は、それを知っていて宇宙に逃げようとしている。だからアメリカは国をあげて火星を探索しているらしい。その為にイラクやアフガニスタンに戦争を仕掛け、武器を売ってお金を作っている。

 デイビットが一気に話し「Do you understand?」と確かめるように野村の顔をのぞいた。野村が申し訳なさそうな顔をして、親指と人差し指を少し離して「リトル」と答えると、デイビットは何度も何度も話を繰り返した。そのおかげで野村は大体のストーリーを自分の頭の中で構築できた。最初は、宇宙だとか火星だとか、なんか突拍子もない話に思えたが、何度もデイビットの同じ話を繰り返し聞くうちに、自分も選ばれるのかどうか、知りたくなっていた。

 彼は真面目な顔で「これは秘密だぞ、絶対、誰にも言うな」と前置きしてから話を続けた。野村はデイビットの真剣なまなざしから目をそらす事も出来ず、蛇ににらまれたカエルのように、ビクビクしながら頷き、音を立てて唾をのみ込んだ。
「世界はフリーメーソンという秘密結社によって動かされている。我々庶民は彼らの思うように動かされていて、彼らが起こす戦争というゲームにかり出される、ただの駒なんだ。
 我々はそんなことも気付かずに、お金の為に身を粉にして働いている。そうなると自然と忙しくなり、世の中の矛盾やフリーメーソンの存在などについて考える時間がない。結局、目先の欲しか考えられないでいるのさ。これじゃフリーメーソンの思うつぼだ」

デイビットの言葉には野村を納得させる節があった。彼が言うように日本人は忙しすぎだし、お金の為に働いていて本当に幸せなのか?と思う。
野村はその同意を示すように、「YES,YES」と声を出し、何度も大きく頷いた。デイビットはそんな野村を見て、嬉しそうに微笑んだ。

「僕らはもっと基本的な事を考える事が必要なんだ。どうやってお金を生み出すかばかりを考えるのではなく、世の中の仕組みや常識となっている当たり前の事を疑い、どうしてそうなのだろう?と考えなくてはならない。例えば、国という枠組み、考え方はいったい、いつ誰が決めたのだろう?とかね。でもそんなことはちょっとやそっとじゃ分からない。答えを出す為には時間が必要だろう。つまり暇を持て余すくらいの時間がないと、そういうことは考えられないのさ。だいたい現代の人々は忙しすぎるよ。これもフリーメーソンに巧く操られているに過ぎないんだな。それに現代人はテレビやマスコミに洗脳されてしまっている。そう思わないか?」

 そう聞かれても野村には話が見えてなかった。答えに詰まっていると、デイビットは、かまわず話を続けた。
「だいたいこれだけ地球上の人口が増えると、すべての人を救出するわけにはいかないんだ。自分で考え、世の中の不条理に対して何がしかの行動を起こした人だけが救われることになる。だから僕はシャンバラへの入り口を探しているんだ。宇宙に行けない我々は、シャンバラを探して生き延びるしかないじゃないか」デイビットは真剣なまなざしで訴えた。
 野村はデイビットが言う難しい話はよく分からなかったし、単語の意味も分からないものがたくさんあったが、聞いているうちに質問が湧いて来た。

「どうやってシャンバラに行くんだ?」
野村がそう訪ねると、「シャンバラへの入り口は地球上に8カ所ある。ジブラルダルの他には、カイラス山やトルコのカッパトギアがそうだ」と教えてくれた。
「お前もこれから行くCAVE(洞窟)を見たら、ここがシャンバラへの入り口だと分かるだろう」
デイビットはそう言った後、バスが大岩の麓につくまで、窓の外を見たまま、口を開かなかった。
 野村は窓の外で流れるジブラルタルの街の景色を見ながら、デイビットが話したシャンバラという世界に、次第に興味がわいて来ていた。岩山が見えはじめ近づいてくると、不思議と胸の高鳴りを感じた。

 野村はバスを降りて岩山を麓から見あげた。でかい。ヨーロッパ・ポイントから見た時と角度が違うのか、思っていたより斜面が緩やかだ。白っぽい山肌には縦に割れ目が入っているのが見える。土で出来た山というより、やはり1つの岩山だ。こんなでかい岩があるなんて、、、そう考えると、それだけで神秘的に思えてくる。あの白い表面は石灰岩なのだろうか。まるで苔のように背の低い樹がその白い岩肌の所々にはえている。
 そうやって見れば見るほど、こんな半島の先端に、それもヨーロッパの南端に、これ程、大きい岩があるなんて、不思議な感じがしてならなかった。よくよく考えてみれば、山だってあり得ない。自然にしては出来すぎてる。というか、デイビットのシャンバラ話を聞いた後だったせいもあるが、野村には人工物のような気もして来た。そう思うと背筋がシャキっと伸びて、なんかワクワクしてきた。

 流れていく霧の中にうっすらと見える頂上。白い建物がぼんやりと建っている。あそこまでどのくらいあるだろう?高さは500mくらいか?
 歩き出したデイビットを見て、野村は頂上まで歩いて登るのかと怖じ気づいた。道はあるのだろうか?もし道なき斜面を登って行ったら、2〜3時間はかかるだろう。

 だがデイビットの後を着いていくと、岩陰にケーブルカーがあった。16ポンド(3200円)も払いケーブルカーに乗りこむと、我々の後から何人もの人が乗って来た。皆、観光客らしい。家族連れだ。8人乗りのケーブルカーは、すぐ満員になって動き出した。
 登って行くケーブルカーから見る景色に、野村は目を奪われた。ダイナミックな風景がどんどん広がって行き、海も見えて来た。野村の気持ちもどんどん高まっていった。

 他の客は頂上まで行く様子だったが、野村とデイビットは山の中腹で降りた。デイビットについて緩やかなコンクリートの上り坂を歩いて行く。10分ほどで土産屋をかねたレストランがあった。その横には「CAVE」と書かれた矢印がある。どうやらここがシャンバラへの入口らしい。野村は早足で歩いたせいもあるのかドキドキしていた。デイビットは早足で先に行ってしまったが、野村は立ち止まって深呼吸をした。「シャンバラかぁ」
デイビットからあれだけ話を聞かされたせいか、どんな所なのだろうという好奇心と、神秘の名所を訪れることができるワクワク感。野村は唾を飲み込んでから、麓で買ったチケットを見せて中に入っていった。

洞窟の中は、ひんやりとした空気のせいか、武者震いのせいか、背中がゾクゾクッとした。中には照明が所々についているが、全体的に薄暗く、地中の水が漏れてくるのか足元は濡れていた。
オレンジ色の照明がどこか神秘的で、野村は口を開けたまま、周りを見回していた。
「いやぁ、でかいなぁ」野村は立ちつくしたまま、そうつぶやいた。



 作者・イエローさんのプロフィール
posted by 村松恒平 at 00:43| Comment(1) | TrackBack(0) | ジブラルタルの霧 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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