2006年11月01日

世紀末の女王(マザー)第四話

  会議は波乱含みで再開した。10名の式典スタッフ代表と他のエリアからのオブザーバー
が12名、会議には参加していた。
「 マザーは技術を常に向上、普及させよと言われました。今回、幸いにして好結果を得ました
が、皆様の批判検討をよろしくお願いします 」自信に溢れた三崎の声が響く。

  「 まず、今回の式典の構成者から報告を聞く事にします 」 
チーフの三崎に促され篠崎は立ち上がる。
「 今回の式典の狙いは、バグたちの感情を振り子のように大きく振らせながらピークに導き
ピーク時にCGで宗教的シンボルである天使を現出させて、より深い法悦状態にする事に
ありました。狙いどおりに事は運び、最大の同調と感動を得る事ができ… 」
「 その通り! 」 三重野が声を上げた。
「 筋書きだけで観客が感動する事はないが、篠崎君の構成はともかくすばらしかった。バグ
達の反応がすこぶるよく、私もやり応えがあった。45年にわたる私の人生の中で最も素晴
らしい体験をさせてもらったよ、篠崎君には感謝する 」三重野は丁寧に頭を下げた。

 「 恐縮です 」予想外の三重野の態度に、面食らった篠崎は、思わずチーフに目をやる。
三崎は目立たぬように顔を横に振り、声を出さず口の形だけで「 タ、ヌ、キ 」と伝えて来た。
「 さて、バグ達の感情の振幅を大きくする為に、山田自身の振幅に注意しました。まず、従来
通り、催眠状態でのリハーサルを何度か重ねました。その中で彼の言わんとする事を聞きだ
し、簡潔で強いメッセージにまとめました。そして、彼の実直で男らしい性格を後押しする為、
今回は数種の薬剤を、脳の各部にもちいています。ケルセンを使い人格を固定化し、デーべ
を用い感情の流量を大きくしました。また、固定化と流量の繋がりをよくする為に… 」 
三重野が大きく咳払いをする。
「 ああ、その山田の人格を、三重野先生が絶妙に引き出され… 」
三重野が篠崎の話を奪う。
「 薬剤は使えばいいというものじゃない。人格が強調されるが、強さが一本調子になり、話の
流れに山谷を付けにくくなる。その点、篠崎君の処方は実に見事だった。皆さんもそう思いま
せんか? 」
チーフが苦笑いを浮かべる中でオブザーバーの拍手が響き、女祭司の石田はゆったり頷く。

 「 ありがとうございます。次に、従来よりバグ達は充分に太鼓の音に順応していますが、今回
は、これに光の効果を付け加えました。例えば、かがり火による薄暗さから白色スポットや巨大
スクリーンの強い光への明暗、拍手を静める際のブルーライト等々。また、一瞬にログハウスが
燃え、火柱が立つような工夫。これは大道具の方々の腕のよさに、充分に助けられています 」
「 我々は言われた事は何でもこなす。ただ、それだけだ 」
角ばった顔の男がぶっきらぼうに言い結び、横の大男が辺りを覗いながら肯く。
彼らに丁寧に頭を下げ篠崎は話を続けるが、その時、一尉は机の下の無線で、部下に合図
を送った。
「 充分な被暗示状態のもとにCGによる天使を出しましたが、同時に催涙波動を乗せた超音波
も発射しています。データーで見ると… 」 
ドアが強くノックされ、篠崎は発言をやめ、オブザーバー達のノートに書く音が止まる。
「 会議中、失礼します。山本一尉に急用です 」将校がドアを開けて、用件を告げた。
「 ちょっと、失礼する」山本はかすかに笑いを浮かべ立ち上がると、その将校と部屋の外に出る。
「 予定外だった。評議会議長が来られていて、式典を貶す事が殆どできなかった。山田の孫が
逃げて、いい機会だったのに 」山本は小声で話す。
「 で、どうしますか 」部下は問う。
「 議長も帰られたので、言いたい事をいって、さっさと切り上げて来る 」山本は笑うと部屋に戻る。
 
 「 医療軍から報告させて頂く 」山本はチーフの顔を見ながら言った。
「 常時、医療軍は同調性で5段階に分け、2以下のバグはマークしている。式典の効果は2以下
になると不安定なものになるからだ。今回の山田の孫も1に近い2のランクであった。それから孫
の逃亡は、観客退出の混乱に乗じて行われた。故に次回からは、2以下のバグは事前に逮捕
収容して置きたい、以上。すまんが、これで私は失礼する。逃亡者の対策をしなければならない 」
「 勝手な事を言うな。大事なこの会議を何だと思っているんだ! 遅れて来たと思えば、今度は
中途退座か 」
憤然として顔を赤らめている三重野を冷ややかに見据え、山本は言い放つ。
「 バグは我々に任せて、皆さんはごゆっくりお話しください 」
「 一尉、それはどういう意味だ 」 
「 そのまま、お受け取りを。バグなど軍が最初から抑えていた方が面倒がないのだ 」
「 馬鹿な事を言うな。力で抑えて、バグ達のやる気を引き出せるものか。お前たちの大仰な装備
の一つ一つは、私の一言に及びもつかない 」
三重野の発言に同意して、篠崎は山本を睨む。
「 ふふ、それでは 」
侮りを露わにし、山本は退出しかける。
「 バグ一匹で医療軍さんは、てんてこ舞いです。皆さん、軍の健闘を祈る事にしましょう 」
チーフの三崎の言葉に、思わず振り向いた山本は三崎と睨みあった。



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2006年11月02日

少年少女 Got Short Dance

【3】[フィフス -流れに乗れ、流れに抗え- ]
 八王寺駅前商店街朱雀通りの楽器屋[アーク]でギター弦を2set買う。いつも行く三軒沢のスタジオ[ダフト]には、お気に入りの弦、スーパー・バレットLRを置いていないんだ。ダフトの店長は音を解ってないね。
 テラスのあるスターバックスを過ぎて左に曲がると、黄色い髪の男が少年を引きずる様に、スモークで車内の見えない黒いバンに運んでいる。車に入る直前の少年から何か落ちたが、男はそれに気づかず運転席に入りバンを走らせた。落ちたモノに駆け寄る、財布みたいだ。拾い上げてバンに振ってみるけれど、バンに止まる気配はない。
「それどうすんだい?」
 すぐ側で、ヒョウ柄のスパッツとBOSSと描かれた紺のTシャツを着たお婆さんが、ボロボロの軍手をはめた手で口に当てたタバコをスーと吸い込んでいる。
「オババ、これどうするよ?」
「あたしが聞いてるんだよボウズ。中に名前やなんか判るものが入ってないのかぇ?」
 煙りを鼻から出しながらオババが言う。財布を開くと[アーク]のメンバーズカードが見えた。
「イズミノ…タゴール…ハカセ!…彼はドクターだよ、凄いねオババ!」
「住所は?あの子酷く殴られてたからねぇ…」
「何で殴られたの彼…あっ」
 50メートル程先の交差点でバンが止まった。
「住所あったかい?」
「いや、直接渡した方が早いよ、追いかけるわオババ」
 ドクタの財布を握って駆け出す。
「そこのギターもあの子のだよ」
 タバコの指す先には、指板部分の長い革ケースがころがっている。
「あれ多分ベースだよオババ、後で取りに来るから預かっといて!」
「しょうがないねぇ、あたしゃ、そこの八百屋だからね」
 家電ビルの向かいに、時代から弾かれた古い八百屋がある。
「サンクス、オババ」
 前方では信号が変わってバンが左に消える。大急ぎで交差点に辿り着くと三車線の真中100メートル程先にバンが見えた。いけるかな、まだ。全力で走る。けれどドンドン離される。他の車に埋もれてバンが見えなくなった時、車の流れが止まった。少し行くと信号にひっかかってるバンが見えてきた。このすきにとスピードを落とさず走り、あと少しまで詰めたところで、三車線に流れが戻った。またみるみる遠ざかる。もう1キロ以上全力疾走してる。呼吸が乱れてきて足を緩めかけた時、ハザードを点滅させたタクシーから着飾った女が降りてきた。いける!力を振絞って距離をつめ、閉まったばかりのドアを叩き、再び開き始めたドアの隙間から中に飛び込む。
「この先を…ハァ…黒いバンが走ってるから…ハァ…追いついて…ハァ…ハァ…ナンバーは…」
 乱れた呼吸でなんとかナンバーを告げる。
「面白そうだねぇ、12年乗ってるけどこういうの初めてよ」
 体を捻って振り返った運転手は嬉しそうに目を輝かせた。

 落日直前の薄暗い街を、ヘッドライトを点けたタクシーは、赤いテールライトをスムーズに抜いてゆく。
 バンは見えない。今、横道に入られたら完全に見失う。運転席と助手席の間に身を乗り出し、過ぎ去る左右の横道を注意深く見てゆく。
「アレだな、白のシビックと黒のセドリックの間に見える追い越し車線のオデッセイ」
確信した声で言い切った運転手の顎が指す先に、黒いバンが見える。
「イヤァ!グッジョブ!」
と運転席のヘッドレストを叩く。
 暫く三車線を走った後、バンは裏道に入り、小さな自動車修理工場へ吸い込まれた。タクシーはその前を通り過ぎて左に曲がり、空き地に停車する。
「15分で戻るから待ってて」
 1万円札を渡しながら言う。
「待つのはいいが、一応名前だけ聞かせてくれるかい?」
「相澤大悟 17歳 フィフスって呼んでチョ」
 運転手に手を振り、ふぃふす…と不器用に繰り返す声を聞きながらタクシーを降りた。
 この空き地は工場の裏手になる。粗大ゴミが散乱し、雑草は生え放題。腰の高さから屋根迄ある、2mx4mくらいの工場の大きな窓からの光が、夕暮れの空き地を片側だけ明るくしている。窓から中をのぞくとコーラ、ポッキー、ポテトチップス等がバラ撒かれたテーブルに三人座っていて、黄色の髪の男が床に倒れたドクタの顔を踏んでいた。
「あら、ほんとに酷いね」
 たしかあそこに…。ゴミの山に刺さった金属バットを取りにいく。バットを肩に担ぐと、窓の5メートル程手前からバットを思いっきり投げる。回転しながら窓に突っ込むバットを追いかける様に走る。ガシャーンという破壊音と共にガラスが砕け散り、直後に響いた女の子の悲鳴を聞きながら大地をキック。ガラスの無くなった大きな窓枠をジャンプで抜けて、工場内のコンクリートで3ステップ、もう一度ジャンプしてドクタの顔を踏む黄色の髪の男の顔に右膝を合わせた。ゴジャッとした感触を抱く膝を倒れてく男の顔から剥がし、左足で着地。
「呼ばれてないけどジャジャジャジャーン!」
 両手をギュニャギュニャしながらそう言うと、
「赤毛君…」
 と、上体を起こしながらドクタは言った。




 作者・和倉さんの自己紹介とプロフィール
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2006年11月09日

彼の岸異聞 (6.雑草)

「あいたた」
左肩の痛みに幸太は体をひねった。さっき腰掛を粉々にした大男が背後から幸太の左肩をつかみ右腕を幸太の首に回して喉を抑えていた。王の兄さんが大男をなだめるように何か言った。大男は土間につばを吐いてしぶしぶと腕を緩めたが、幸太を放しはしなかった。

「私は頌世。弟、頌張が大切なもの持って逃げた。私たちは取り返す。」
「兄さんへの土産じゃと言うとったぞ」
「わたし、兄さん。吉林は兄さんいない」
幸太は王の兄さんだという頌世を見つめた。落ち着いて見ると王さんとこの頌世は良く似ている。けれど一見似ていると分からないくらい雰囲気が違う。目に輝きがあって賢そうなのは二人とも同じだが、王さんの目には小ずるい光があり多弁で落ち着きがなかった。幸太は頌世の視線をとらえ目を探った。頌世は何も言わずに目で話すようなところがある。

今も黙ったまま不思議そうに幸太を見つめ返すだけだ。何を不思議がっているのだろう。満人の婆さんなんかにあっさり金を払ってやる割には幸太が貧乏な身なりをしているのが不思議なのかもしれない。それとも満人街に住む酔狂な日本人にあきれているのか。まさか日本人が珍しいわけでもなかろう。幸太は思わず首をかしげた。頌世は少し笑ったように見えた。が、その笑みは一瞬で消えた。両側に貸間が並ぶ通路の入り口辺りでののしり声だ。いつも通路で寝ている酔っ払いの爺さんを誰かが踏んづけたようだ。ここの住人なら爺さんのことは皆知っている。よそ者だ。低い声で頌世は大男に何事かささやいた。

二人の満人は幸太をひっぱったまま、並んだ貸間の一番端にある八卦見の親父の屋台を踏み台にして裏手の商家の塀に上り、屋根に上って息を潜めた。貸間は低い平屋で上るのはわけない。しらみのわいたアンペラは屋根に干すといい、日当たりが良いのは屋根だけだから。王さんに教えてもらって幸太も上ったことがある。

ドタドタと足音がして、誰かが王さんの部屋の戸を蹴破った。振動が安普請の屋根まで伝わった。幸太は大男に口を塞がれた。しばらく乱暴に物をひっくり返したり転がすような音がしたが、じきに物や壁を叩く苛立たしげな音に変わった。荒っぽい声がして、すぐさま隣の部屋の戸が破られた。幸太の部屋だ。幸太は屋根から下をのぞきこもうとして、口を塞いでいた大男に首を絞められかけた。それでも数人の男が出てきて口々に何か言いあっているのが見える。一人がかざした右手の物がキラリと光った。幸太の背中に冷たい汗がにじんだ。あれはずいぶん手入れの良い刃物だ。

「命、惜しいなら一緒に来る。ここ残れば…」
しばらく経ってから身を起こした頌世は自分の白い細首に当てたひとさし指を真横に引いて見せた。脅しではない。王さんは何かまずいことに首を突っ込んで、自分も王さんの仲間だと思われているようだ。さっきの男たちは、誤解だと話して通じる相手には見えなかった。しかも、知り合いのない新京では幸太が相談できる人はいない。
「王さんが持って逃げたのは何だ?」
頌世は口を開きかけたが考え直したように口をつぐんだ。幸太を見つめる目だけは何か言いたげだった。幸太は途方にくれた。


「勝手に車出して…、こんなことしちゃもう大連に帰れん。」
吉林に向かってアクセルを踏みながら幸太はつぶやいた。夜逃げ同然に新京の貸間を捨て、この期に及んで気づいたが、自分は日本人だ。この大男を振り切って警察に駆け込めばなんとかなったかもしれない。いざとなれば内地に帰ればいい。あの物騒なやつらもまさか日本まで追っては来まい。うかうか頌世の言うことを聞いて王さん探しに行くなんてバカげている。幸太は唇をかんだ。
「帰りたいか?」
大男と幸太の間に座っていた頌世が幸太を見上げた。関東軍でも憲兵でもいい、深夜の道を飛ばすトラックを見咎めて停めてくれないだろうか、そしてこいつらを突き出しおれは内地へ帰る…、そんなことを考えていた幸太は返事に詰まった。
「なぜここ、来たか?」
頌世は重ねて聞いてきた。
「ここの人にならない。ここの土にならない。すぐ帰る」
頌世の表情と声は穏やかだった。けれど生真面目に幸太を見つめる目は真剣に答えを待っていた。幸太は前方を見るふりをして視線を逸らした。へッドライトは小さく丸く地面を切り取った。
「なぜここ、来たか?」

幸太は貧乏百姓の三男坊だ。大人になったら家を出る。けれど分与される田畑はなく、近くに仕事口もない。なら兵隊になるのか。いや、兵隊はいやだ。すると益々居所がない。自分は満州に仕事と将来を求めたと同時に、居所のない故郷、みじめな境遇から逃げだしてきた。そうだ、これを認めたら自分があんまり惨めな気がして目を逸らしていた。おれは生まれ育った故郷が好きでこんなに懐かしく思い出すのに故郷のほうは頑なにおれを拒否するのだ。

それなのにまたここで内地へ逃げ帰ろうというのか?居所も仕事も将来もない、あの暮らしに戻るのか。

道が土から舗装に変わった。
「もうすぐ吉林じゃ。」
幸太はつぶやいた。とうとう関東軍も憲兵も出てこなかった。それが啓示のように思えた。
「わしは帰らんよ。ここ以外にもう行く所はない。」
遠くに浮かぶ小さな明かりは吉林の市街だ。懐かしい故郷、大連、新京にはもう帰らない。進むだけだ。

雑草を抜いて違う場所へ捨てても露や雨にぬれたらそこの土にまた根づく。幸太は子供の頃によく手伝わされた段々畑の草取りを思い出した。あの雑草はおれだ。おれにはこの丈夫な体と知恵がある。運があればどこへ行ってもなんとか根を張るだろう。



 作者・はなさんの自己紹介とプロフィール
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2006年11月14日

私の×造(チョメゾウ) 「妄執の穴ぼこ石」

玄関まで庭を横切る黒い敷石のひとつには、石鹸置き程度の窪みがあった。蒸し暑い8月の夕方、少年はその傍らにしゃがみ込んで、こぶし大の石を持ってコツコツと「穴ぼこ石」を打っていた。窪みには、潰された毛虫と虹色に光る体液が澱み、手にした石の先には、毛虫の棘や毛が付着していた。
少年は、額から滴る汗を気にも留めずに、跡形もなく毛虫を潰すとすぐ後ろの柿の木を物色して、毛虫の付いた葉をちぎり、器用に石の窪みに落としては、コツコツとやるのだった。

小学2年生の少年は、祖父母の家に泊まりに来ていた。祖父母の家は、少年の自宅から車で1時間弱、仕事で同じ方面に行くという父親のワゴンに便乗したのだった。「明日迎えに来ますんで」と言って、簡単な挨拶だけで、父親は忙しそうに立ち去った。
その日の夕食後、少年は祖父から、イラガの幼虫に刺された痕を見せられた。
少年の祖父は、その毛虫に刺され、あまりの痛さに脚立から落ちて入院した時のことを、こと細かに少年に語った。少年の目は、祖父の醜いチョメゾウから一時も離れることがなかった。

皮膚が弛んで皺の多い祖父の腕は、チョメゾウの部分だけ皮が張って、少年には、そこだけ別の生き物であるかのように思われた。やや赤く盛り上がった部分の頂点には、ケシ粒ほどの瘡蓋が載っていた。少年は、自身の爪でその瘡蓋を剥ぎ取り、そこから血ではない何ものかが、とろりと溢れるのを想像した。

「しまうよ」
祖父が袖を下ろそうとして、少年は慌てて祖父の顔を見た。「これっきりだぞ」という雰囲気を感じ、少年は思わず祖父にせがんだ。
「待って、触らせて」
祖父の返答を待たずに、少年の指は、祖父のチョメゾウに接していた。

祖父の大きなチョメゾウは、緩んだ皮膚のせいで、少年の指の動きに合わせて抵抗無く動いた。少年は、上下左右にチョメゾウを滑らせた。チョメゾウ自体の形は、微塵も変わることが無かった。
少年は、例の瘡蓋を剥ぎ取れば、皮下の本体が皮膚と分離し、チョメゾウがもっと自由に動くことが出来る気がした。そして、手の甲に移動したチョメゾウや、首まで登って鎖骨で一休みするチョメゾウを想像した。
少年の爪が、チョメゾウの瘡蓋にかかり、指の動きが止まった時、祖父が少年の手を掴んだ。
「痛いよ。治らんよう、ちっとも」

その晩少年は、何年ぶりかの寝小便をした。祖父のチョメゾウに興奮して眠れず、夜中に麦茶など飲んだからだ。

翌日少年は、朝の間だけ気を落としていたが、午後からは寝小便のこともチョメゾウのことも、すっかり忘れてしまったように快活さを取り戻していた。
午前は、祖母と買い物に出かけ、暑い盛りには昼寝をし、午後は祖父にくっついて、庭の手入れや池の掃除など手伝った。少年にとっては、すべて遊びだったし、何をやっても面白かった。

陽が傾きかけた頃、仕事着の父親が迎えに来た。
少し疲れて横になっていた少年は、まだ帰りたくないと思う反面、父親の登場で大いにはしゃいだ。
「見て!おじいちゃんのチョメゾウ!」
無礼にも少年は、祖父の袖を勝手にまくって、父親の方へ祖父のチョメゾウを向けた。
「おい、やめろ!」父親は少年を睨み付けた。
少年は、祖父の容認に勢いづいて、なおも父親に同意を求め続けた。「触ったんだよ、すごいでしょ!」
「おい!干してある布団の小便は誰がやった!」
少年の無礼を嗜めるには、あまりにも強烈な大型爆弾であった。
「いくつだ、何年生だ、何で今頃やらかした?え。」少年は、何を聞かれても答えようが無かった。
「ああ、水を遣る時間だ。頼んでいいかな」
身動き出来ずにいた少年は、祖父の助け舟によって、苛立つ父親の詰問を逃れることが出来た。

少年は、昼の熱気を残す庭先に出て、好き勝手に水撒き用ホースを振り回したが、少しも楽しめなかった。
…なんで布団、隠してくれなかったんだ…なんであんなに怒るんだ…なんで今日帰るんだ…なんでチョメゾウの…

少年が顔を上げると、祖父がイラガの幼虫に刺された柿の木があった。少年は、割と近い、手の届く葉の裏に、紫の刺青を背負った、毒々しい毛虫が動くのを発見した。
…おまえのせいだ。

そう思った途端、少年は足元の「穴ぼこ石」の窪みに溜まった土を蹴りだして、イラガの幼虫を柿の葉ごと引きちぎり、そこに振り落とした。
少年は、こぶし大の石を持ってきて、傍らにしゃがんで、幼虫に載せた。
あえなく潰れた幼虫から膿のような液体が飛び出て、少年は、祖父のチョメゾウの中身を想像した。さらに少年は、毛虫らしさの残る部分に、悉く石を打ちつけ、「穴ぼこ石」の窪みの残滓に唾を落した。
なおも湧出する唾液を飲んで少年は、父親のことや寝小便のことなどすっかり忘れ、満面嬉々として、次なる獲物を探すのであった。



作者・chitokuさんの自己紹介とプロフィール
posted by 村松恒平 at 02:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の×造(チョメゾウ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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